尊敬する藤井克彦さんのブログが復活した。毎日の楽しみが戻ってきたといってよい。というのも、朝晩アクセスするのが日課だったし、その文章の美しさや、博識、何よりも釣り文化を愛する心意気に感銘を受けていたからだ。
 私が小学生のころ、昨年8月に他界した父に、タナゴ釣りや真ブナ釣り、チンチン釣りによく連れて行ってもらった。マブナやタナゴは、青光りのする小刀で開き、スズメ焼きにして食べた。チンチンは素焼きにして、堀炬燵にぶら下げて乾かす。母は、晦日から時間をかけて甘露煮にし、正月の膳を飾ってくれた。
 タナゴは、秋、イラガの繭を集めておき、中の幼虫をちり紙に挟み、鋏で切って体液を抜き、小さなタナゴ針に引っ掛けて鋏で切って小川のよどみに落とす。5センチ、10センチといったタナゴが50,60、時に1束と面白いように釣れたものだった。

 チンチンは、御宿港や鵜原港に釣行した。1週間、小川や田んぼの落ち込み、堰(農業用のため池)でモエビを捕り貯めしておく。当日は尾羽を前歯で切り取り、カイズバリ(とおもう。自信はない)に通しての脈釣りだった。モエビを入れる餌箱は竹で編んだ小さな籠である。針金を丸めて白い布を縫いつけて、蓋を作る。今でも一つ、どこかにあるはずなのだが…。針のチモトには、撚りを入れた赤の絹糸で輪をつくり、噛み潰しをかぶせ、小さな金槌で四角にたたく。細い道糸の先に、その針を結んだだけのシンプルな仕掛けは、一つテンヤそっくりである。釣行する日が近付くと、父は、小さな仕掛けを無言で叩いていた。たまに2歳と呼ぶカイズクラスがかかると、切られないように、緊張して引き上げたものだった。父は国鉄だったので、平日、休みがある。かなりの高血圧だったので、平日の釣行には母が同行した。二人で、352枚釣ってきたこともあったっけ。
 今夜は先日釣ったヤリイカのてんぷらと、山うどの天ぷら。トマト。あとは赤ワイン。藤井大兄には申し訳ないが、腹いっぱい食ってしまった。いつもの常で、炭水化物は・・・ない。言わせてもらえば、トマトは余分である。家庭菜園(60坪)で作るので、トマト、キュウリ、ナス、ピーマンは年間を通して買わない。そもそも冬にトマトなんておかしいでしょう、そう思いませんか?しかし、奥の言うことには、今日は、山となって、300円とか!思わず買ってしまったそうだ。これも、原発事故の後遺症?冷静に対応したいものですね。
 さて、私も、釣りに行きたかったのだが、就職16年目には管理職になり、4年後には職場長。朝6時には電車に乗り、帰宅は翌日という生活が17年続いた。9月から11月中旬までは、土日とも出勤。そんなわけで、なかなか釣りには行くことができなかった。初めて行った海は御宿港。釣った魚は大きなボラ!すっかり釣りのとりこになってしまった。冠状動脈が閉塞し、3年を残してリタイア!今は釣りと猟、射撃、家庭菜園の毎日になった。不謹慎極まりないが、さて、明日は何をしようかな?