暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2011年08月

台風前の静けさ?

 じじい4人組の1泊2日の旅行は、土曜の朝の雨をのぞけばまずまずのツーリング日和。特に風はなかったので、バイクでも走りやすかったのではないか。日曜は夜7時の帰宅となった。月曜日はとろとろと時間を過ごしてしまった。バイクだったら明後日あたりまでぐったりとしていたかも…。
 27日の土曜日も翌日曜日もサービスエリヤや道の駅はバイクがかなり目についた。その中で、若い人たちのダビッドソン隊が多いのには驚いた。シルバーウイングに乗る先輩の一人は3年でバイクを乗り換えるというほどのライダーで、珍しいバイクや新型のバイクを見つけてはライダーに話しかけ、カメラに収めていた。それも、バイクで来れなかった無念さの故か?
 当日会ったライダーのほとんどはプロテクターを着込んでいて、近年の安全意識の向上が感じられた。この分ではエアバッグの普及も近いかもしれない。
 いくつもの峠を越え白根山に向かったが、上はススキが穂を出していて、紅葉の走りか木の葉は明るい黄緑色になっていた。リンドウは今が盛りのようだった。
 宿は草津だったが、天皇陛下がおこしとのことで、日曜の朝にもかかわらず角々には警備の警官が立っていた。助手席には坊主頭にサングラスの私、後ろにはこれまた坊主頭と口髭の男と言うかなり怪しい4人組だが検問を受けることもなく、走り抜けた。
 小布施の街も日曜らしい賑わいで、年相応の散策をし、各々土産物を買った。さて昼食をと思ったが食事の時間帯で、どこも列を作っている。並んでまで順番待ちをするほどの気の長さは持ち合わせていない4人組は止む無く栗ソフトクリームを食べたが、じじい4人が仲睦まじく?木陰のベンチでソフトクリームをなめる絵をすれ違う人たちはどう見たのだろうか?小布施での昼食はあきらめ、途中、手打ちそば屋を見つけて大もりのざるそばを4人とも注文した。やがて届いた蕎麦は、2枚分?最後は苦しかった。が、まぎれもない手打ち蕎麦で、旨かった。新そばの頃なら一段と薫り高い蕎麦だろう。
 今回はこれといった事件・事故もなく、年相応のドライブとなった。寒くなる前に、千葉の日帰りツーリングを約束して散会となった。

 

年に一度のツーリングは?

 現職の時のつながりで、年に一度、宿泊のツーリングを楽しんでいる。そう、バイク!この年になっても、つるんで走るのは、楽しいものだ。60過ぎてそうなのだから、若い人たちの週末の集団走行?は言わずもがなであろう。
 以前は5人いたツーリング仲間だが、今は一人がリタイヤし、4人になった。かくいう私も、一昨年は左肩痛で不参加。昨年は直前の父の他界で参加を見送ってしまった。特に去年はドタキャンに近いキャンセル!そんなわけで、腰と背中の痛みを押しても、今年は参加しないと、誘いもかからなくなってしまいそうだ。しかし、今年だって、一昨日、奥が右目の後左目の白内障手術を受けたり、昨年の父の通夜以来1年超入院していた母が退院しそうだったり、父の忘れ形見の噛みつき猫や私の老いた猟犬、出張中の次男からあづかったスコテッシュホールドの世話やらで、妹二人に留守を頼んでの参加である。周囲の人たち全てが歳老いて、先の見通しが立たなくなってきていることは、まことに寂しい限りだ。が、皆、楽しみにしていたことは言うまでもない。
 ところが早朝3時半過ぎに起きてみると激しい雨音がするではないか!外を伺えば本降りである。昨日から多少の雨は覚悟していたが、こうまで盛大な雨とは!ノウ・サンキュウである。すると、先輩から、「4輪で行こう。9時半に迎えに行く。」との連絡が入った。がっかりしたり、ホッとしたり…。良い気候の中をバイクを連ねて走るのはまことに気分の良いものだが、土砂降りの雨の中はちょっとね。この先輩、サービスエリアでは「ゆっくり行きましょう!」と毎回念を押すのだが、「うん、わかった、ゆっくりね。」と答えたのに走り出して5分としないうちに130キロを超すスピードですっ飛んで行ってしまうのだ。かくして我々もスロットルを開いて後を追うことと相成る。恐るべし!老人爆走隊!
 すっかり目が覚めてしまい、ネットで雨雲の移動予想を確認した後、このブログを書いている。旅の顛末はまたあ・と・で!

泳がせ釣りとハリス

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 ライト流行で細い道糸とハリス、軽い重りの釣りが流行っている。60爺にはありがたいシステムで、疲労度桁違い、面白味も抜群である。極めつけは一つテンヤかな?と思う。
 が、今回は生き餌を使った釣りのハリスについて述べたい。
 以前から生き餌の釣りではハリスの太さは釣果に関係ない、と言われている。今回そのことを証明するような出来事があったので報告したい。
 
 その1、  イシナギ釣りでは大物に備えて、船長の助言に従いハリスは60号を使っ     
た。同乗した釣り師は40号?30号?を使っていてハリスを切られていたが、中りの回数は私のほうが多かったようだ。釣り座にもよるかもしれないし、以前書いたように、頻繁に底を取り直したことが釣果に結び付いたのかもしれない。そのあたりは定かではないが、ハリスが太いことは釣果にマイナスしたとは思えない。
 
 その2、  猫釣りで証明!
 猫釣り?我が家には昨年他界した父の忘れ形見が1匹いる。名前はピン。ピンの生い立ちについてはまた述べたいがこの猫、不幸な生い立ちで人を噛むのだ。だいぶ性格もやわらかくなり、私には抱かさるようになったのだが、365日、24時間リードに繋いでいる。腰の痛みで釣行できない日が続いたある日、中深場釣りの竿のガイドに小荷物のひもを通して先に猫じゃらしを結びつけた。そう、猫釣りの仕掛けの完成である。適当に誘ったところ、目の色を変えて猫じゃらしに飛びかかるのだ。太いひもなど気に留める様子はみじんも感じられないではないか!魚もきっとそうなのではないだろうか?その上、自然界ではそうそう腹が満ちてることはなく、むしろいつも腹を空かせているのではないだろうか。ヒラメ釣りなどでは大物に備えて太めのハリスを使うことを薦めたい。

太刀魚に挑戦

 お向かいさんから度々太刀魚をいただく。その、脂ののった旨さにいつも夫婦二人で「旨いなあ」「美味しいですね」と感銘していたのだが、ついに、8月22日、ヤリイカでお世話になる勝山港萬栄丸で太刀魚釣りに挑戦した。
 ネットで萬栄丸のHPを閲覧していたら太刀魚が爆釣だという。よし、いまだとばかりに初挑戦を決意した。電話を入れ、重りの号数や深さ、集合時間などを確認した。竿はリアルとマルチに50号の重りを下げ、曲がり具合を確認、前夜はレアルに決定した。が、当日の朝、急遽、大好きな195マルチにリールを載せ替えて車を走らせた。館山道をひた走るが、途中所々で大粒の雨にあった。港に着くころにはその雨も上がり、乗船手続きを済ませる。「太刀魚は初めてなので、教えてください。」と一言添えたのは言うまでもない。「では船頭の近くに入ってください。」と言われほっとする。船に入りロッドホルダーをセットしていると、船長が来て、えさのつけ方の実演や誘いなど詳しく丁寧にレクチュァしてくれた。これでもう釣れたような気になってしまう。そう、60男はイージーライダーなのだ!
 行程40分ほどで船足がスローになり観音崎沖に到着。潮回りを繰り返した後、投入となった。着底して、教えられたようにしゃくりとポーズを繰り返すと、195マルチが弧を描いたまま止められた。ちょっと伺うがもぞもぞといった、中りはなく、針掛かりしているようだ。シュッと合わせを入れ5,6回手巻きした後シーボーグ150のレバーを倒しリーリングに入る。上がってきたのは60センチほどの小ぶりだがまぎれもない太刀魚!美しい!そのあとは80センチぐらいが20本、外道に1キロの鬼カサゴが1匹の釣果となった。当日は頭が30本であった。が、私はぼろきれの絡んだ海草を釣り上げたり(これが死体でも釣りあげているようにただただ重く、30分超も回収にかかってしまった。この時も船長のお世話になった。)、反対側の釣り人とお祭りした際、舵に絡めてリーダー以下仕掛け一式を失ったりと、ロスタイムがあったので、マァマァの釣果だと満足している。
 12時ちょっと回ったところで沖上りとなった。船は本線航路を横切って一路勝山港へ。帰りの船上では、お隣にいらしたN氏に誘いや合わせなどを教えていただき、次回へのモチベーションがいやが上にも高まるのであった。
 港では女将さんたちがいつものように手を振って迎えてくれる。待っていたのは大鉢に浮かぶ涼しそうな冷麦!わきには大根ときゅうりのヌカ漬、赤サバの竜田揚げ、オクラや?のてんぷらが乗った大皿が並ぶ。萬栄丸では釣りと、帰港してからの女将さんたちのもてなしと2回楽しめるのだ。次は黒ムツにも挑戦するぞ!

イシナギ   その2

 14日、またも岩和田の明広丸船長と2人でイシナギへ挑戦した。前回は、冷凍のスルメイカを使ったが、今回はスルメを釣ってからのイシナギ釣りとなった。集合は2時半!宿前につくと港にいた船長が「早く出よう。」と迎えに来た。急いで道具を軽トラの荷台に乗せて港へ。
 この日のイカは90から110メートル辺りに群れていた。浅いので効率がいい。12杯釣ったところでイシナギ釣りへ。早速82メートルの海底に送り込む。今回は探検丸をセット。海底の様子や深さをチェックしながらの釣りとなった。8日と違って、今回の海底は平らなようだが、潮が速い。まめに棚どりをすることが、イシナギ釣りでも大切だし、釣果に直結する。胴突きの釣りが得意?なのは、まめな棚どりにあるのかもしれない。早潮のため、頻繁に潮回りを繰り返す1日になった。イカがついていると水の抵抗も大きく、80メートルを一気に巻き上げるのは爺には結構なアルバイトになる。最後は両手で巻き取ることもあった。ああ、電動がほしい!ちなみに船長はシマノの4000番を使用。
 投入1発目に中り!慎重に竿先を見つめる。大きな魚体に似合わない小さ目な中りが続いた後、竿先が曲がったままになった。頃はよしと竿を起こそうとするがビクとも動かない。が、魚の抗う様子が60号のハリスから12号のPEを経てわずかに伝わってくる。と、次の瞬間道糸が引き出され始めた。大きい!船長の「巻いて巻いて」を背に必死で巻こうと試みる。ギヤをローギヤにして、竿先が跳ねる瞬間に巻き取る。巻いては引き出されの繰り返しも、徐々に引き出される糸が少なくなってきた。海面まで抵抗したが最後は浮かすことができた。8日の魚とほとんど同じか!船長と二人でギャフを引き、何度目かに船に取り込むことができた。後検52キロの見事なイシナギだった。
 そのあと2匹を追釣するが、45キロ、40キロくらいか?その間に船長も4匹を釣る。7匹とも立派な魚体で、釣るたびに「ああ、また大きい!」と二人の口からため息が出る。14,5キロのお持ち帰りサイズがほしいのだが、なかなか釣らしてはくれない。結局3匹とも船長に進呈して帰路についた。腕も背中もパンパンであったが心は満ち足りている。「釣りがうまくなったかなぁ」と聞いたら船長も笑っていた。しかし、1回はすっぽ抜けてしまった。ということは、まだまだなのである。
 25日は水温が高く、釣ったスルメは生簀の中でも直に死んでしまう。明広丸船長は、生簀の中に凍らせたポリタンクを入れ、ブクを盛大に突っ込んであったのにである。この船長、体はぶっといが、操船以外も小細工、小回りが得意である。勝負を急がないといけない展開になった。しかしこの日、自己レコードとなる82キロを釣りあげることができた。83メーターで掛け、130メートルまで引き出されての取り込みだった。船には3人がかりで引っ張り上げたがこれはさすがにデカかった。間もなく35キロを釣った。82キロの直後だったので、「これはお持ち帰りサイズだよ」とニコニコしながら巻き上げたが、海面に浮かんだイシナギを見てがっくり。これも大きい!しかし船長は「クーラーに押し込んで持って帰りなよ」と言ってきかない。クーラーのそばまで引っ張ってきてくれた。50リッターのクーラーでは頭が入る程度だ。船から降ろすのも、車に積むのも船長や乗り合わせた釣り人がしてくれた。そう、35キロがどれほど重いか知らずに帰宅したのだった。
 家について、奥と持ち上げようとしたがビクとも動かない。溶けた水を抜き、残った氷を道路わきに捨て、ようやく玄関へ。そのあと廊下に上げるのも、調理台に上げるのも、片側の鱗を落とした後ひっくり返すのも、奥と二人で戦争のようであったことを付記しておこう。まな板より大きな魚は持ち帰ってはいけません!

夏の風情?!

 庭にミニトマトを植えた友人から、メールが届いた。その友人、私より若いのだけど、私より早くリタイァした友人である。短パンでミニトマトの収穫中にやたら蚊に食われ、痒くてたまらんという。雑草が蚊のはびこる原因、腹が立つとメールで訴える。そこで「少しぐらいの血は分けてやりなさい、蚊だって子孫を残すために必死なのだから。雑草を刈り取ったって、飢えた蚊は間髪をいれずに吸いついてくる。彼等の獲物を嗅ぎ当てる嗅覚は驚愕ものだ、蚊は凄い!人間より優れているのだ。」とメールを返した。それだけでは友達がいがないので、「マラソンを750倍にして撒けば蚊も毛虫も死ぬ、ただし、必ずマスクをして、手にはラテックスの手袋、長ズボン長そでのシャツで皮膚を覆うこと。」と助言した。すると、マラソン100倍ぐらい、素手で扱い、除草剤も濃い目で素手だと返事が返ってきた。最後には「男らし~」と添えてあった。午後は、100キロの巨体をハンモックに横たえ、昼寝だという。一事が万事そんな調子の男である。
 ここからは私のことである。10年ほど前から60坪の家庭菜園を楽しんでいる。収穫した野菜は家族で食べるほか、妹たちやご近所に配っている。自らや身内の口に入るものなので、使う農薬は最小限だし、超がつく安全なものを選んでいる。そのためか、畑に入るや否やあの恐怖さえも感じさせる蚊の羽音がわが身を取り囲むこととなる。
 そこで、この時期、蚊取り線香を腰にぶら下げての畑仕事となる。この蚊取り線香、今も変わらぬ昔ながらの蚊取り線香だが、侮るなかれ、簡単で効果は絶大にして人畜無害!しかもあの香りには夏を感じさせる風情があるではないか!金鳥の夏日本の夏、だとか、私は蚊取り線香が好きなのかもしれませんだとか、日本人の感性をとらえた絶妙のコピーが口をついて出てくる。コピーライターの感性には脱帽である。

イシナギ釣り!  その1


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 イシナギに7月の8日、14日、25日と3回釣行した。釣果は8日が53キロ。14日は52,45,40キロ?。25日は82キロと35キロ!お持ち帰りは8日の14キロ?と25日の35キロだった。
 8日もそれなりに潮が速かった。船長が14キロを釣りあげた後、53キロを釣り上げた。そこで、交換を提案!というより一方的に交換を宣言!心優しい明広丸の船長は快諾?家での捌きはそれでも大変だったが、刺身も塩焼きも最上だった。その53キロの直前に実は中りがあったのだ!満を持して合わせて巻き取るもビクとも動かない!「巻いて巻いて!」と叫ぶ船長の声を背中に、巻こうとするが、船の移動に伴い、道糸はずるずると引き出され、直にふっと軽くなる。根にもぐられて、60号のハリスがぽっつりとキレていた。その直後の53キロだったが、海面に浮かんだ巨体に狂喜乱舞した。しかし、クーラーに入るはずもなく、船長の14キロを強奪したのだった。リールはテアグラの16。この53㌔!ギリギリと締め上げたドラグがじりじりと引き出され、「この魚はだめかナ」というあきらめが頭をよぎるのだった。が、後ろからは船長の「巻いて、巻いて!」の大声の声援?叱咤激励?15キロのマグロを上げた時でさえこんなことはなかった。ドラグにゆとりがほしいと12号の道糸をずるずると引き出されながら思うのだった。一進一退の後、やがて引き出される長さも5メートルが3メートルになり、1メートルになりとうとう引き出されなくなってようやく海面にそのぶっとい巨体が浮かんだ。「デカッ!」と思わず叫んでしまった。60号のハリスをつかんで引き寄せると、船長がこれまたぶっといギャフ?ステンの棒を曲げたものを大きな口に掛けた。舷側の一部を外して船内に二人がかりでとりこんだ。ネットなどでは、根から引き離せば手にしたも同然と書いてあるが、なんの何の最後まで暴れて抗い、釣り人をを拒む魚である。
 さて、船長から強奪した14キロのイシナギだったが、まな板に乗るわけもなく、調理台と流しを使って捌いた。刺身、塩焼き、煮物と絶品であった。この続きは明日!
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