暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2011年09月

初めてのワラサ釣り!

   墓参りから帰り、庭(我が家は75坪の敷地だから多寡の知れたものだ)の白萩をうっとりと眺めていたら、突然携帯が鳴った。見ると、釣りクラブの会長さんである。メンバーが足りないのかなと電話に出ると、案の定明日の仕立てに来いとのお達しである。狙いはワラサ!船宿はよくお世話になる金沢八景の米元釣船店である。明日の母の世話を奥と妹に頼み、準備に取り掛かった。といっても、初体験!ネットで釣行記を探し当て、極意をのぞき見る。イカの短冊を持ってけとの記述に、最後のヤリイカを解凍して、短冊を造った。竿は鯵釣りに使っているバンデッドライト深場にしようかゴウインにしようかと迷った末にゴウインをチョイス!天気もよさそうなので、日焼け止めも確認し、早めに床についた。
  4時に母のパッドを取り替え、ちょっと早いなとは思ったが、金沢八景に向けて出発!湾岸線は空いている。70キロでゆっくり走行。八景手前のファミマで海苔弁と、昼用に、おにぎりとパンを買い米元釣船店の駐車場へ6時過ぎに到着。指示に従って車を泊め、早速朝食を食べて船に向かう。
  美人で元気な女将や船長に挨拶を交わし「ワラサだけど、鯵のほうがいいみたいね。」と水を向けると、「今日も鯵は良さそうよ。でも、ワラサもここんとこ出ているからね、期待できるんじゃない。」と言う返事が返ってきた。すでに乗合船は満員の盛況ぶりである。
 そうこうするうちに9人のクラブの面々が集まってきた。くじ引きで席を決めると、私は右舷胴の間。「よしよし、どっちに流れても、コマセが効くぞ。」と冗談を言いながら船にセットする。コマセも1個を海水に漬けて解凍し、残りはクーラーにしまう。いつものように船長とメンバー一同が挨拶をして、釣り方のレクチュアで、「着底後に棚を取るとエサ取りの餌食になるので、海面から棚を指示します。」と説明をうけていざ出港!一人船室に入り、剣崎沖までの1時間余を寝て過ごすことにする。と、何か様子が変。キャビンから出てみると、米元釣船店が近づいてくる?なんと、竿を忘れたのだとか!この歳では己が竿では役には立たない!竿を積んでさあ出港!するとまたまた戻る?今度はバッテリー忘れだとか!これでは時合に間に合わぬと、さすがに少しふて腐れてしまう。
 航行1時間余!沖にびっちりとスパンカーのマストが林立するのが見える。やがてマストの中に入り、さあどうぞとなった。棚は35メーター。コマセをじゃんじゃん撒くが、ほかのメンバーはなんとなく音なしの構え?周りの船を眺めるが、シブイ?みたい。それでも、ブザーの音が響き、船は群れを追って移動と投入を繰り返す。
 やがて前と隣の船で入れ食い状態に突入!右舷でも左舷でも竿が引き込まれて、仲乗りさんがタモを持って船上を飛び回っている。前の船は満員状態で、コマセが効いているようだ。大船長は「いい反応が出ているよ。」と9人を叱咤激励するが・・・中りは・・・来ない。付けエサすらかじられもせず、釣れるのはオキアミばかり!と、突然竿が引き込まれた!のは、隣のI先生だ。竿を立て、必死に巻く、が、惜しくもハリス切れ!8号のハリスが切れた!イナダじゃないな、次は私と期待が膨らむ。艫でS先輩が竿を立てやり取りを始めた。竿が弧を描き、釣り人は海面をにらんで巻く、巻く、巻く。と急に弧が緩み、これまたハリス切れだとか。私にもガッガッとあたったが食い込まず以後静かになる。合わせを入れたほうが良かった?その間に会長が1本立派なワラサを釣り上げ、面目を果たす。また隣のI先生に中り。今度はゆっくりと慎重に巻いている。見えてきた魚は会長より大きなワラサ!船長の差し出すタモに無事収まり、にっこりと満面の笑みだ。「先生、おめでとうございます。」と声をかけると、「腕が痛いよ。」と喜びのお言葉が返ってきた。会長が何枚か写真に収めた。来月21日の同じ米元釣船店での鯵釣り大会で写真をもらい、また魚を手にした時の喜びと巻き上げる時の緊張感を反芻することだろう。
 結局、この日、私たちの船では2本のワラサが上がった。ハリス切れが2回?私にはその後中りが訪れることはなく、消化不良な一日だった。帰港してから船長が前日釣った見事な中鯵を4匹ずついただき、ワラサ1本はじゃんけん大会で、O先生のクーラーに収まった。それにしても、8号のハリスが切られるとは…。この日、鯵の頭は80匹だとか。海況を見て週末に海に出たい。もう一度萬栄丸でワラサか、米元釣船店の鯵か。迷う!続きを読む

お墓参り!

  母の所望する墓参りと、退院のあいさつ回りは23日に無事に終了した。
  母の生家ではこの上なく旨いお赤飯をごちそうになった。ツキミモチのお赤飯である。ヒメノモチとは全く別物の赤飯である。皆さんもぜひご賞味あれ!帰りにおすそ分けしてもらったことは言うまでもない。
  本家では、外出していた叔母の帰りを待ったため、思わぬ時間を取ってしまった。この叔母も、元気そのものである。90歳になろうというのに、杖もつかずにシャカシャカと歩き、60歳の息子と本気で口げんかをする。庭では花や植木の世話をこなしている。庭と言っても、250坪の庭だから世話のし甲斐もあるというもの!元気な年寄りである。この叔母も、「60歳になって初めて『奥さん』と呼ばれたよ、豊ちゃん。」と話したことがある。祖母が亡くなった時である。それまでは「お嫁さん」と、ご近所の人たちには呼ばれていた。こんな地域共同体も少なくなったが、長寿で元気を支える源ではないだろうか。サンライズ九十九里での太平洋を眺めながらのランチは逃してしまったが、元気をもらったお彼岸の中日だった。

㐂栄丸休業後の真鯛釣行は?

  ヤリイカの沖干しを焼き、マグロの酒盗をつけながらジャックダニエルを呑んでいる。タイの塩辛だったら言うことがないのだが、まあ、それはぜいたくと言うものか!テレビは103の「開高健の世界」。なんとなく気怠く、ほろ酔い気分かな?明日は、母親を載せて母の実家の墓参りと、本家への退院のご挨拶に伺う予定だ。と言ってもおむつやパッドを用意してのあいさつ回りだから、ちょっとばかり気を使う。でもまあ、1年12日の入院を経て84歳の老婆が退院したのだから、そして、墓参りだの挨拶回りだのと言うのだから、喜ばしいことではある。3軒を足早に回った後、サンライズ九十九里でお昼を取る予定だが、さてさて、どんな一日になるのやら。
 台風通過後いち早く船を出したところでは、ワラサが入れ食いらしい。私は、ワカシもイナダも釣らないので、細かなことは分からないのだが、青物の引きの楽しさだけはよくわかる。空いている船があったら一度、行ってみたいと思う。
 さて、時化後の狙いは、タイである。㐂栄丸が休業している今、意欲はなんとなく今一歩である。事実、毎週のように通っていた㐂栄丸だが、6月29日以来タイ釣行は休業状態である。が、数釣りと、浅場の釣りの季節と言うことで、食指は・・・・。早い時期に釣行してみたい。が、船宿はどこを選べばいいのだろうか?船宿も、一つ所に決めたほうが、船長のマル秘テクニックやちょっとしたコツなどを教えてもらえて、腕は確実に上達する。だからこそ、船宿選びは慎重でなければならない。来週にはぜひ釣行したいと思うのだが、いい船長にめぐり会うことができるだろうか!
 
 
 
 
 

㐂栄丸…その後!

 13日に身内で食べる分だけの大根の種を蒔いた。一昨日発芽していた。お彼岸が近いというのに、連日の高温に、発芽したのだろう。発芽さえすればこっちのものなのだが、連日の高温では、水を撒かないとかれてしまいそうだ。
 昔は、9月3日に蒔けば出来の良い大根が約束されたのだが、最近は10日程度遅らせないとアブラムシの餌食になってしまい、バイラス病を発症してしまう。さて残暑の続く今年、13日蒔種の判断はどんなものか?
 気になっていた㐂栄丸佐藤船長の情報が今日の藤井氏のブログに載っていた。すぐに千葉地方裁判所のHPを開き、公判日程を検索したが、まだ掲載されていないようである。
 先日の本ブログでも書いたが、一つテンヤのタイ釣りを私に教えてくれたのは佐藤船長である。犯してしまった事実への社会的責任は当然、とらなければいけない。が、船上で教えを乞うた釣り人への具体的且つ丁寧な言葉遣いで、実際にやって見せて伝えるその姿勢は、一つテンヤ釣りにかける船長の情熱を私は、強く感じた。再び、船上で私のような一つテンヤの初心者に、船長自ら研究・開発・蓄積してきたノウハウを伝えて一つテンヤ釣法を広め、多くの釣り師に真鯛釣りの醍醐味を味わわせてほしいと切に願う。
 三つ目の趣味である狩猟も狩猟者登録の時期になった。今年も無事故・無違反で安全狩猟を楽しみたいと思う。続きを読む

金鯵釣行 金谷港K丸

 14日、金谷港K丸に釣行した。3時半に家を出て館山道を走る。空には十六夜の月がかかり、オリオンも見える。高速道の風見の吹き流しはどれも真下にたれて微動だにしない。凪の海が目に浮かぶ。港には5時前に到着。明るんだ空は雲一つない青空。微風。まだ真夏の海だ。日焼け止めを塗り、さあ釣るぞと意気込む。
 6時!港前から一斉にポイント目指して釣り船が走り出す。西に富士山、伊豆半島。南に大島。東に房総半島が。船は東京湾を北上する。この日釣り人は9人。コマセも効いて、よい釣果が期待されそうだ。お隣さんに挨拶をして、しばしクルージングを楽しむ。
 ポイントに着いてブザーの音で投入。コマセを詰替えては、さあ鯵さんごちそうですよと念力を送る。が、この日、時間延長した最後の30分に、バタバタと釣れた以外、超シブイ一日になってしまった。お隣さんや右舷の人と、「鯵釣りがこんなに難しいとは…」と、冗談とも本音とも思える会話で釣行が終わった。この日の釣果は4~13。私は6匹。2匹は立派な中鯵君だったので、快気祝いに刺身を食わせろという老母の期待にはかろうじて沿えたのである。お土産に頂いた鯵は久しぶりに煮てみたが、これも「おいしい、おいしい」と言ってくれた。
 超がつくシブイ一日だったが、反省点は多々ある。船中一匹目かと思うそこそこの中鯵を水面でばらしてしまった。棚が合っていないのだなと、次は少し上げてみた。しかしその後も巻き上げ途中でのバラシが有った。この日一番の中鯵はまさに口のわきに針掛かりしていて、タモの出番となった。私、気が短くて、じっと待つことが苦手である。コマセ釣りではしゃくりとしゃくりのインターバルが短い。ヒラメ釣りや先日のイシナギのように、こまめな棚取りが良い釣果をもたらしてくれることが多い。が、この日の鯵はコマセを振った後、ステイを長めにじっと待ったほうがよかったみたいだ。朝一の海はよく澄んでいたので、ハリスを1,5号に落とすことも試みるべきだった。早潮で、しゃくった後の巻き上げ回数をいろいろと変えてみたが、コマセの煙幕と針のイメージが描けなかった。このことが一番の敗因か?まだまだ勉強不足である。
 船長は北へ南へと一日船を走らせてくれた。しかし、東京湾を横断して剣崎方面に向かうようなことは決してなかった。金谷の金鯵を大切に思う船長の心意気だろう。近いうちに再度鯵釣りに行きたい。体高のある金鯵のあめ色に透き通る刺身は、眺めているだけで万病の薬になりそうである。
 先日の事故では64歳の方が亡くなったそうである。海は凪だったが、ライフジャケットを着用して釣りを楽しんだことは言うまでもない。 
 
 

金鯵で快気祝い!

 2度の開腹手術を乗り越え、1年と12日ぶりに娑婆に出てきた我が家の婆が快気祝いに刺身を食わせろ、寿司が食いたいとのたまう。魚屋の魚はだめだ、釣ってきた魚でなければと説得しているが、かなり食べたいらしい。本家の叔父が生きのいい?小柱で当てられ、そのまま身罷った。「食中毒ってのは痛いもんだなぁ」が最後の言葉だった。
 だいぶ前からは、84歳の年寄りには、私が釣って船上でしめ、すぐに水氷に入れて持ち帰った新鮮な魚しか食べさせていない。まして、今回ほとんど寝たきり状態で、免疫力の衰えている年寄りにはである。退職後は週1で船に乗っていたので、贅沢を言わなければ新鮮で生きの良い刺身を食べられることになる。が、この婆、個室に入っていたので、私も経済的余裕の欠如により2,3週間に1度ぐらいの釣行になってしまっていた。
 さぁて、刺身で、寿司でとなると・・・・安全確実なところは鯵かなぁというので金谷港のK丸に電話を入れて予約をとった。電話番号を聞かれたので、「ん?何かあったのかな?」とちょっと気になった。案の定追っかけるように電話が入り、沖止めだという。母には金鯵釣行は伏せておいたのでがっかりさせることはなかったが、事故にあわれた方はどうなのだろうか?沖止めが解けたら早速来週あたり行って、親孝行の真似事をしてみたい。
 ちょっとだけ、鯵釣りについて書きたい。鯵も一荷やトリプルで釣らないと数が伸びない。上針にかかったのなら50センチ上げて次の中りを待つことになるが、上針にかかったか下針にかかったかまで判断する腕は私にはない。そこで私は、一匹釣れた時の棚と針の位置、鯵の上あごに針掛かりしたか口の横の薄い皮に掛かったかなどから鯵の泳層を想像している。口の横にかかった時は、鯵の泳ぐ層よりも下に針があることになる。つまりこうである。針をくわえた鯵は上にいる仲間のところに戻ろうとして上に向かって泳ぐ。すると針は弱い口の横にかかり、巻き上げ途中でばらしたり、海面でバレたりすることになる。結果、次からは棚を50センチ上げるという塩梅である。そうして上あごに針掛かりさせれば、バレることは決してない!いずれにしても、道糸のマークで棚を確実に把握することが前提である。潮回りのたびに、海底が上下したり根の間を流す時などは、その都度棚を捜す気持ちが必要ではないだろうか。クッションゴムは1.5ミリ50センチが中鯵には良いように思う。

福島原発と生産意欲!

 やはり10年単位の敗戦処理になるようだ。この責任を、東電と時の自民党政権に求めようとするのは許されないことだろうか?私のような小市民は気持ちの整理がつかない。
 私は60坪ほどの畑地にナスやトマト、キュウリやモロヘイヤ、トウモロコシに枝豆、キャベツ、白菜に大根などを作っている。もちろん家族では食べきれない。妹やご近所に配っている。自慢なのだけれど、評判はすこぶる良い。それは当然である。堆肥をしこたまつぎ込み、ヌカを撒き、有機肥料を腹いっぱい食べさせている。コストだの生産性だのは眼中にはない!どの野菜も瑞々しく、香りと甘みがある。消毒は最小限且つ安全な消毒薬を規定の濃度で決められた回数にしか使わない。そのあたりは、元の地主さんに教えを乞うている。その元地主さん、まだ青年であるが、よく研究し、優れた商品ですこぶる評判が良い。その師匠の教えを乞うている私の野菜も、よくて当たり前と言ったところである。「美味しい」「瑞々しくて、八百屋さんから買えなくなって…」と言われて喜んでいた。ところがである、この春からは、ハウス栽培のキュウリしかご近所に配れなくなってしまった。そう、原発事故による放射性セシウムのせいである。
 「悔しい」、と思っているうちはまだよかった。夏野菜が終わり、大根、白菜、キャベツの植え付けをしなければいけない時期になっても、畑に向かう意欲がわいてこない。

減災を!

  先日のブログで不謹慎なことを書いてしまった。今回の台風通過後の釣行計画のことである。お詫びしたい。台風12号は大きな被害を残していった。身内や友達を失った方々、行方を捜している方々、家を壊され道を寸断されてしまった人たちのこれからの悲しみや不安、ご苦労はいかばかりかと思う。いや、気持ちの整理がされて悲しみにが増すのはずっと後のことだろう。お盆に父の一周忌をしたが、もっと優しく接してあげればよかった、冷たい息子だったとこの一年後悔してきた。
 なぜ、台風や豪雨のたびに水害が起きるのだろうか?堤防の構造を変え、高く厚くしてきたのに堤防の決壊は後を絶たない。堤防をコンクリートで囲い、万里の長城のように延々と築いても、100年に一度のはずの洪水が10年ごとに起きてしまったりする。ここは、考え方を変えて、堤防の決壊は起きるもの、濁流は堤防を乗り越えるものと考えたほうがよさそうである。その上で、大河の下流域や上流域、中小の河川と分けて現在よりさらに有効な河川改修を講じられないものか。また、例えば輪中のような住居地そのものの安全確保に力を注いではどうか。震災のたびに建築基準が改正され、倒壊の被害は著しく減少した。水害対策でも、有効な手は打てないものだろうか。
 山間や海岸沿いの道路にしても同様である。何万年もかけてできた地層や表土を削ったり盛り土したりして作るのだから、山津波に見舞われるのはある程度仕方ないことではないか。だとしたら、災害に強い道路建設とともに寸断された後のライフラインの確保、道路復旧の工事手法改善にもっと力を注ぐべきなのではないか。

社会的責任

 私にタイ釣りを教えてくれたのは、大原の㐂栄丸の佐藤船長だと言ってよい。フォールでの食わせ方や中層の攻め方など丁寧に教えてくれた。タイに関しては、釣行4回目以降は㐂栄丸オンリーだった。度々乗り合わせた今井さんにも、底の取り方から潮の早い時の投入の仕方など教えていただいた。
 その今井さんは今は無く、㐂栄丸の佐藤船長も、自ら起こした事故?事件?で、厳しい状況に置かれているらしい。現に今、㐂栄丸は休船中である。事件については藤井さんのブログ「新・頑固おやじの釣れづれ草」8月31日(今日現在、詳細は削除されていた)と9月2日に載っている。思うに、㐂栄丸は、遊漁船の免許取り消しもあるかもしれない。なんとか、そんなことにはならないでほしいと願うのだが…。
 現職中は、何かとマスコミに取り上げられやすい職場だった。社会の負託にこたえるという職務の内容からして当然のことなのだが、所属職員が事件を起こした時などは、何日もその対応に追われたものだった。法令違反や服務違反は無論、道徳的に疑義のある行為でも、職務遂行上の力量の問題でも当該職員とともに管理責任をきびしく問われた。結果、明確な法令違反はなくとも職員は信用失墜行為として、私は管理者として処分を受けることになる。おそらく多くの企業にも信用失墜行為のような定めが服務規程にはあるのではないだろうか。
 以前、このブログに書いたように、私は趣味として射撃や狩猟を楽しんでいる。が、銃の所持の根拠となる銃刀法や火取法がこれまた厳しい。銃にかかわりのない素行、例えば、喧嘩で傷害事件などを起こしたり、借金取りに押しかけられたり、近所とのトラブルや同居親族の不祥事でも銃の所持許可が取り消されてしまう。3年間の所持期間終了前に、更新手続きをするが、公安委員会は「再審査である」との立場で、制服警官による近所の聞き込みをする。再審査であるから、更新中であっても許可期間を過ぎたら、許可が下り、その旨所持許可証に記載されるまでは、銃を持ち出して射撃場に行くなどすると銃刀法違反になってしまう。
 法は最低の道徳であるという。その法は、人が人間らしく生きる最小限の道標である。捕まるまでは違反じゃないとか、嘘も突き通せば真実になるとか戯言をいうこともあるが、現実はとんでもないことである。一旦事が起きれば当事者や関係者のみならず、想像を超える多くの人々を失望させ、苦しめ、不幸に貶めてしまう。それほど私たちが生きる現代社会は複雑に絡み合い、支えあっているのだ。

台風一過後の釣りものは?

 明早朝に上陸らしい台風12号だが、心は早くも、通過後の釣行に!近畿・四国の方々には大変不謹慎で申し訳ないのだが、タイか、太刀魚か、黒ムツか、いやいやフグか…と悩んでいる。
 底荒れを考慮したらフグは様子見か。太刀魚は先月22日に萬栄丸さんにお世話になったが、初めてのことで、時化の後がいいのか悪いのか見当もつかない。黒ムツに至っては未経験で、皆目わからない。ネットを見て様子を見ればよいのだが、行きたいとなると、それができない。来週はまず、タイ!次に黒ムツか太刀魚!なんて作戦を立ててしまう。太刀魚なら、ドラゴンとかいう大蛇のようなやつをぜひ釣り上げてみたい。
 その太刀魚だが、萬栄丸での太刀は食いがかなり浅かったのではないだろうか?抜き上げて船内に取り込み、床に落ちた途端針が外れたことが幾度かあった。誘いも、ゆっくりまいて食い上げさせるといったことはなく、しゃくった後に何秒かステイを入れて食いを待つ。中りがなければ50センチ巻き上げてまたしゃくった後、食いつく間を与えるという釣りだった。おまけに、一日を通して「底から15メートル」と言う棚だった。テレビで見てきた太刀魚釣りとは、だいぶ異なる釣法だったのである。8月22日だけのことだったのか、はたまた新しい太刀魚釣法なのか?
 魚の習性や食性が明らかになり、それに伴い、竿や仕掛けや釣法が進化して私のようなにわか釣り師にもそこそこの釣果が期待できるようになった。逆に、常に疑問を持ち、仕掛けや誘い、合わせ方の工夫を重ねるところに釣りの楽しみがあるのではないだろうか。もちろん、釣った魚を美味しく食べることもまた、大きな楽しみである。
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