暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2013年03月

最悪!ビリから3番目!

 今日は房州の猟友会の大会だった。いつものように棟梁の作業場に集合して、棟梁の運転で射場に向かった。車の中でも眼鏡とマスクをかけ、ティッシュの箱を抱えてという情けない姿だった。去年の花粉症はさほどでもなかったのだが、今年はいけない!檜が飛び始めた途端に、目はかきむしりたいし、くしゃみと鼻水の三重苦だ。花粉症の中でもグレードが高いのだ、ヒノキだから。と、見栄を張るが、止めどなく垂れる鼻水は体が乾いてしまいそうな勢いである。
 射撃の結果?良いわけがない。ビリから3番目!花粉症のほかにも理由はある。久しぶりに持ち出した、20番のガスオートで大会に臨んだのだ。狩猟銃だから26インチ、4分の3絞り。でも、ショットコーンは長いはずだからいつもよりちょっと先を撃てばと考えたのだが、思惑通りにはいかなかった。再び棟梁の作業場に帰ってからの反省会では「20番だから・・・・」と慰められたが、古敷谷の県射撃場に通っていたころにはコンスタントに20枚前後を撃っていたのに。これが老いということか?寂しい!ま、でもいいか!生みたて卵やイノシシ肉、ゴボウや調味料などをゲットできたから。
 家に帰り、バーボンを飲みながら船宿のHPを開けてみたら、鹿島でヤリイカ爆釣の記事!即長岡丸に電話を入れると「すみません、一杯なんですよ。」と女将の声が・・・・・。幸栄丸に電話しようかと思ったが、ま、この分では酔っ払い運転になりかねない。釣りの神様のお告げかもしれないと考え直して電話を置いた。釣行は1日の月曜か木曜日以降になってしまうが5月までは釣れ続くことだろう、きっと。

川のような早潮!

 黒潮が接近して、水温の上昇がありそうだ。となると、乗っ込み開始?が、早潮も?
 10年以上も前になるが、油壺にセーリングクルーザーを揚げていたころのことである。大学の先輩や同期の仲間と所有していたのだが、夏は休暇を調整して大島や式根島にセーリングを楽しんでいた。その時の黒潮による早潮による失敗は数えきれない。その1・・・大島と利島の間を通過しようとコースを引いたのだが、ゼノア(微風用のセール)は風をいっぱいにはらんだアビームにもかかわらず半日たっても位置が変わらない。たまらずにディーゼルをかけ機帆走に切り替えて漸く波浮の港に入ることができた。かくも黒潮は速い!ということ。その2・・・式根島に行った時のこと。8月6日だったか?台風の直撃だというので女たちを東海汽船の本船で帰し、男3人はクルーザーで油壺をめざして出港した。すでに大波が押し寄せていて、谷間に落ちると360度水の壁である。波の頂上に押し上げられると360度が見渡せる。というより海の頂上に立つと言ったらお分かりいただけるだろうか!利島がすぐ近くに見えるところまで行ったが、ますます海は荒れてくる。ストーム(強風用のセール)をさらにポイントして小さくしているので船足は稼げない。一番近いのは下田なのだが、台風に向かって走ることになるので、下田に向かう勇気はない。波浮か風裏になる岡田の港を目指すことにしてコースを取るが潮と風向が悪く位置は変わらない。その間にも台風は接近してくる。この間、死ぬかもしれないと感じた数時間だった。止む無く式根島に戻り、入り江に何本もの綱で船を舫った。綱が切れて浜に打ち上げられることを覚悟しながら台風をやり過ごしたのだった。その3・・・大島からの帰り、黒潮に逆らって油壺を目指すのだが、東に流されるばかりで、東京湾口もパスしような勢いだった。仕方なくセールを出してアビームで東京湾に入り館山で1泊して翌朝油壺を目指したことがあった。この時の話にはおまけがあって、翌朝東京湾を横切るとき、沖から何万トンもの本船が汽笛を鳴らしながら近付いてきた。セールをいっぱいに張り、いい感じで走っていたので、本船の前を横切れるだろうとクルーは皆楽観していた。が、いつまでたっても本船の左舷しか見えない。本来なら左舷から正面が見え、その内右舷が見えるようになって・・・・横切れるはずだった。湾口の潮が予想以上に速かったのだ!クルーザーは必死で波を切っているが位置は変わらない!すぐにディーゼルをかけたが、その頃には本船の舳先の波が小さくなり、スピードダウンしたのが分かった。皆さんご存知のように、東京湾に入る本船は何キロかの距離を置いて数珠のように連なって入ってくる。その本船の列を止めてしまったのだ。この後は「ランチを下して追っかけて来るぞ。」とか、「海上保安庁が来るぞ。」とか喚きながら油壺に駆け?戻った。

 鈴栄丸のメヌケだが、黒潮の接近で潮が速くなり、しばらくは出船見合わせのようだ。
 
付録です。   学生時代はヨット部だった。水深の2倍のアンカーシートで一斗缶を結んでマークにした。2倍の長さにもかかわらずアンカーが利かずに一斗缶が流されたり、一斗缶の上を海水が乗り越えたり、川の様な潮の速さを体験している。どんなオリンピック選手でもこの潮に逆らって泳ぐことはできないだろうと思った。「チン(沈・・・転覆すること)した時は決してヨットから離れるな」と主将から厳しく言われたことを思い出す。当時の私は金槌だった。

海は解らない!

 22日の金曜日、天気図や波予想からは絶好の釣り日和のはずだった。ならばとばかりに、大原港鈴栄丸のメヌケに予約を入れたのは20日だった。前回の5.5キロを筆頭に小型でも2.2キロまでの8匹のちょうちん行列よもう一度と言う魂胆であった。夜中、0時には目が覚めてしまいその後はもう眠れない!ままよと車を走らせて大原に向かった。もちろん到着1番で、前回と同じミヨシ1番のカードを手にした。車を港に回して仮眠をとったが、なんとなく酔ったような気分で、船酔いを心配してしまった。3時半には皆さんがそろい、4時には河岸払いとなった。大原沖に?向かったようだが、激しいピッチングの連続で、波長の短い、且つ、高い波のようでやや心配になってきた。5時半ごろ、船長の「海が悪く釣りになりそうもないので帰ります。」と言うアナウンスに皆さん「やっぱりね。」と合点して再びキャビンに潜り込んだ。10分も走っただろうか船長の「風が変わったのでポイントに向かいます。」と言うアナウンスに一同ほっとしてポイント到着を待った。どうも太東沖らしいが、当然ながら陸は見えない。
 やがて船はスローダウン。完全に船足を止めて潮の流れを確認した後、スパンカーの角度を調整し、艫から順番に仕掛けを投入した。私が投入するまでは前進したがその後は後進して仕掛けを着底させた。
 500メートルの水深なのに350メートルで落下が止められてガクッガクッガクッと中りが出たが、9番目の鉤のチモトと幹糸が切られたり、皆さんが其々釣り上げた後最後に強い中りが続いて道糸を送り込んだりしたが、結果は坊主。港に帰った後、女将さんに「この前釣りすぎたのよ。」と慰められて帰路についた。途中、3月いっぱいで終了する蛸壺漁を思い出し、港入り口の魚屋によって茹でたてのタコを買って帰ろうとしたが、悪いことは続くものでここでも坊主の追い打ちだった。今年の蛸壺漁の具合を尋ねると、去年120トンの水揚げがあったそうだが今年は20トンとかいう話で師走の高値が心配される。
 翌23日の新幸丸は中鯛、大鯛の大漁!すわっ乗っ込みかと思わせる釣果だったが、今日24日は貧果に終わったようだ。鈴栄丸は勝浦沖のヤリイカに足を延ばし大漁だったらしい。海水温が短い周期で上がり下がりしているようで、釣り師の明暗も潮温で決まりそうだ。だけど、毎日通うわけにもいかないしねぇ…。釣果の安定しないこの時期だが、釣り宿のHP、天気図や波予想、海況速報、MICSの気圧変化や風向、風速、波高変化やらで判断するしかないなぁ。

明日のタイ釣行は・・・・

 何年か前のことになるが、海鷹丸の船長から、低気圧が来ると、台風並みの風が吹いて云々という愚痴?を聞いたことがある。確かに低気圧の通過のたびに強風に見舞われることが多い。今回も凄まじいほどの強風が吹いた。危惧されている地球温暖化と関係があるのだろうか?
 明日はお彼岸の中日。明日の墓場の混雑を予想して、今日、母を載せて墓参りを済ませてきた。同じような考えの人はいるものらしく、そこそこの人がお墓を掃除したり、供花を活けたりしていた。桜がちらほら咲き始めていて、週末には満開になるに違いない。そんなわけで、明日はフリー!ならば明日あたり釣行したいものだが、未明までの凄まじいほどの南風ではねえ・・・海水温の低下がねえ・・・。15日の貧果も水温低下に他ならない。でも、こんな時、釣りという趣味が自然と深くかかわっていて、わたしも魚も今という同じステージで生きているのだと実感して、実感できる自分を幸せだと思う。3、4日もすれば低温にも慣れることだろう。と言うわけで明日は畑の片づけをすることにした。今度釣行計画を立てるときには関東・東海海況速報でチェックを忘れないようにしよう。
 

エイズ検査陽性!?

20130301225754 スコティッシュの金太郎のことである。過去2回、エイズワクチンを接種している。接種前の検査では、エイズも、白血病もマイナスだった。他の猫との接触はピンしかいないので、やはり、不良猫のピンがエイズに侵されていたのだろう。と、獣医さんと話しているうち、「猫エイズワクチンを接種していましたよね。」と言うことになり、ピンにはいまだ発病していないのでおそらくはワクチンのせいだろうと言うことになった。が、ピンが猫エイズのキャリアであることの心配がぬぐいきれない。家を抜け出しては2,3日家を空け、帰ってきたときには全身傷だらけという経歴の持ち主なのだから。そうこうしているうち、ピンのおしっこの回数が増えていることに気が付いた。尿を採取して分析をお願いすると、鮮血も結石もプラス。肝機能や腎機能検査のために採血し、心配だった猫エイズの検査もお願いした。結果は明白なマイナス。心からほっとしたことは言うまでもない。猫エイズワクチンだが、特許権やら採算やらで今は製造されていない。時々する散歩だが、エイズは心配なくとも、白血病はキャリアの猫のマーキングと接触することでもうつるそうだ。今までも道の真ん中を歩かせていたが、気を付けないといけない。猫も、一旦敷居をまたいだら敵だらけと言うことか。

75メートル!8号テンヤ!?

 今日、12日、2月22日以来のテンヤ真鯛釣行をした。今日の新幸丸は釣り情報の取材が入っていて、右舷はくじ引きで釣り座を決めた。私は運よく、1番を引き、右舷ミヨシ1番に入った。よし、釣るぞと意気込んだのはよかったのだが・・・・。艫には宮本プロ。空模様だが「天気予報のうそつき!」とののしりたくなるような寒い釣行だった。水深は70メートル前後。潮もそこそこで、6番で頑張ってはみたがお祭りで迷惑をかけ、自信が持てなくなった。仕方なく8号をセットしたら、明確に底もとれるようになった。しかし、中りは遠い(エビの使用も1袋だった)。こんな時こそ少ない中りを確実に鉤掛かりさせなくてはいけない。とはわかってはいるのだが、不意にくる中りにはそうそう合わせを入れられない。
 竿の方は5号まで用の柔らかい竿と、6号以上用の硬い竿の2本を用意して船に乗り込んだ。結果は硬い方の竿は使い物にならないということが分かった。中りに鈍感なのだ。と言うわけで軽いテンヤ用の竿を多用することとなった。水深が深くなりテンヤが重くなると、釣趣は著しく変わってくる。浅場を、軽いテンヤで釣るのとは明確な違いを実感した。深場のそれは中りをとらえても、合わせて鉤掛かりさせるというよりも、鉤に載せるというような感じなのである。極端な言い方をさせてもらえば、別の釣り物と言えるほどの違いである。好み的には浅場を軽いテンヤで攻める釣りが面白いと思った。釣果はタイ2枚(一応頭)に、イナダ1本。チビ鬼カサゴ1匹(これはリリース)。新幸丸のオリジナルロッドの完成が待たれる。
 港に帰ってから鈴栄丸に足を運び、先月12日のお礼と鈴栄丸の釣果ブログ掲載の写P2120714真の転載許可をお願いしてきた。勿論、快く了承してくださった。海の男は心が広い!リールも帰ってきたので、次回のメヌケにはぜひ参加したいと思っている。

上潮が速くて・・・昨日は束釣りだった!

 やっと母の通院やら奥のPC教室やらから解放されて、飯岡港幸丸に乗った。昨日がヤリイカの束釣りだったからだが、今日は上潮が速い二枚潮!凪で、直結の練習にはもってこいの海況なのだが、二枚潮でお祭りばかりだった。それも隣とのお祭りだけでなく、二人置いた釣り師とのお祭りや反対の人とのお祭りだから性質が悪い。投入のたびに投入機にツノを収めて思い切り遠投したり、糸の傾きに合わせてサミングを繰り返したりしてお祭りを回避しようとするのだが、中々思い通りにはならない!直結ではお祭りの瞬間に振り落とされてしまう。すぐにブランコに替えたが、昨日の釣果とは比べようもない。150号を200号にするわけにもいくまい。はやあきらめムードの釣行になった。釣り上げたヤリイカは、潮回りの時に目と目の間をアイスピックで突き、ビニールの袋に入れてクーラーに収めた。今日のような状況では一匹たりともおろそかにはできない。持ち帰って美味しくだべなければならない。車に積んできた二つ目のクーラーの出番はなかった。こんな日でも、四隅の釣り師はそこそこ釣り上げていた。私?胴の間のさらにど真ん中!

銃所持の更新に向けて

  月曜は銃の更新に際して新たに設けられた技能講習!火曜日は母の通院日。水曜は奥のパソコン教室。てなわけで次回の釣行は7日か8日。狙い目は月曜なのだが、残念だ。
 射撃を始めた27年前は60万人強いたハンターも20万人を割り込み、1200人いた千葉市猟友会員も200人足らずとか。開発は山の奥深くまで及び、野生動物の生息域は狭められている。それらの結果、最近、度々テレビで取り上げられているように、野生鳥獣の適正生息数のバランスが失われて農作物だけでなく直接人間にまで被害が及ぶようになってしまった。各県の自然保護課では有害鳥獣駆除に人出を集めるのに四苦八苦の状態らしい。一口に駆除と言っても、獲物に向かって銃口を向け引き金を絞ればいいというわけではなく、鳥獣によって狩り方は大きく異なるから、その道の名人上手と言われるハンターを集めることは容易なことではない。魚によって竿や仕掛けや誘いが異なるのと同じであるといったらお分かりいただけるだろうか。つまり、鳥獣ごとに狩りのノウハウがあるのである。そのノウハウを引き継ぐために、ヒグマを狩猟鳥獣に戻したり、若いハンターの開拓に行政や大学で乗り出したりしているらしい。
 以前にも書いたけれども、銃の所持者の管理は銃そのものや弾の管理にもましてち密で厳しい。今回導入された更新に際しての指定射撃場での技能講習も、公安委員会指定の精神科の診断書添付もその一環である。銃を初めて所持するだけでも14,5回は警察やら銃砲店、射撃場を行き来しなくてはならない。休暇を取り易い公務員や自営業ならまだしも、会社員にはそれだけでも越え難いハードルに違いない。それらをようやく乗り越えて銃を所持しても、狩猟へのネガティブな社会風潮の中では狩猟免許を取ろうという若者は皆無に等しい!事象には必ず表と裏がる。その両方を見極めたうえで、判断したいものである。
 余談ながら、銃所持のために、ガンロッカー、装弾ロッカー、先台ロッカー、家全体のセキュリティー、緊急通報装置の設置のほか、鍵は常に携行するようにしている。しかも合鍵は無いので、紛失すると面倒なことになる。ピストルの類は所轄の警察署保管であり、自宅保管は許されていない。
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