暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2013年07月

浅場のテンヤは魚を選べない!?

 昨日、新幸丸に乗ってきた。釣果は350gから700gのタイ8枚に花ダイ1、JRA4匹、ショウサイフグ9に赤目フグが1だった。 
 3時50分に河岸払いして太東沖、12メータへ。第1投で500g弱のマダイを釣り上げ、坊主解消となった。が、その後が良くない。もぞもぞというかかコツコツコツコツというか、タイの中りではない中りが続き、貴重なサルエビが今までにないスピードで減っていく。ミヨシの人がショウサイフグを釣り上げた。そのうち私も良い型のフグを釣り上げることができた。そうかそうか、やっぱり君だったのねと、これはこれで美味しいゲストなのだが。それにしてもフグの猛攻にうんざりしてしまう。フグを避けようとして底を切ると今度はウマズラの攻撃だ。フグを避け、ウマを避け、何とかタイにたどり着きたいと思うのだが・・・・。悪戦苦闘していると、見かねた船長の「大石さん、悩まない悩まない!フグとタイは混じっているからね。」とのアドバイスがあった。続けて「この深さだと、魚を選べないから。」と、ダメ出しが。ならばとすべての中りに合わせを入れるようにした結果がにぎやかな釣果になった次第。浅場でのリーダーの長さを聞いてみると「3メーターでいいね、2メーターでもいいかも。」という答えだった。5メーター近いリーダーを二尋にし、沖上りの11時過ぎまで浅場の秋ダイを楽しんだ。浅いところで8メーター、深いところで17メーター。潮も行ってなかったようで使ったテンヤは、2号のカブラと同テンヤだった。朝のうちは蛍光グリーンを使い、日が高くなってからは金ラメだったが色の違いはなかったようだ。
 持ち帰ったタイだが、タイ飯を作り今日の昼食にした。残ったタイは開きにし、今干してある。真鯛の開きだなんて、贅沢だねぇ。ウマは3枚におろして今朝、ムニエルにしたがこれが絶品だった。ウマなどと粗末にせずに持ち帰り、ぜひお試しあれ!アカメは4、5日寝かせてから刺身かなぁ。こちらも楽しみだ。ん?ガツガツと食べることばかりだって?だって食べつくさないことには次の釣りに行かしてもらえないではありませんか!

ポンプがあちらこちらで故障?

 今日は房州の猟友会のフィールド射撃大会。結果は7位。ま、そんなもんでしょう。前回の射撃は5月だったから、今日までのちょうど2ヶ月の間、ただの1回も射撃場に足を向けることはなかった。理由?釣りに忙しかった(6月は5回、7月は4回)ことと、作物の世話に時間が割かれたから。それに、なんとなく・・・まあ大した理由はない。練習をさぼった報いで、5メーターダブルトラップの2の矢が当たらない。少しクレーを伸ばして、クレーが上昇から下降に移ったところを狙えば良いのだが、ついつい早撃ちをしてしまった。また、クレーが交差したところを撃って1発で2枚のクレーを割ってやろうとして、2枚とも逃げられるという失態も犯してしまった。次の9月は頑張るぞ!賞品だが例によってイノシシやシカの肉がふるまわれた。参加賞は新鮮な卵やアスパラガス。鉢植えの花と洗剤。私はその他に弾とシカの肉を2キロ。これは塩を刷り込んだ後、冷蔵庫で10日ほど寝かせて冷薫をする予定だ。
 メンバーの仕事は農家の人、職人さん、サラリーマン、私の様な年金生活者と様々だが、中でも農業が多い。自然と天候や農作物の出来具合などの話題が多くなる。心配は水不足。遅れてきたIさんは水田の水当番に当たっていたため、水の管理を済ませてからきたとのことだった。そのIさんの話では、連日のポンプの使用で故障が多いらしいとのこと。1基修理するのにかかる費用が250万だとぼやいていた。Mさんは早く雨が降らないと落花生に実が入らないと心配していた。Sさんは稲に実が入り始めていて稲刈りは8月のお盆前になるかもしれないと話していた。千葉は名だたる早場米の産地だが、例年はお盆明けから9月上旬にかけてが稲刈りの最盛期となる。が、今年は稲刈りが早くなりそうだというのでコンバインや乾燥機の準備を早めないといけないらしい。千葉は天領が多く、秋は房州の方から上総、下総の方へとシカやイノシシなどを村人総出で追い上げたらしい。今は名残を見つけることは難しくなってしまったが、かつては県内のあちらこちらに巻き場があった。小間子牧とか小金牧とかがそうだ。秋の狩りに間に合わせようとして早場米の産地への道を歩んだと聞いたことがある。イノシシだが、今年も千葉市に更に近づいているらしい。ハンターも高齢化が進み、駆除が思うようにいかない。TPPを待つまでもなく、山間の農業は衰退していくかもしれない。
 さて、釣りの話だが、「白子復活」という文字に誘われて、一昨日の23日、幸栄丸に乗ってきた。竿は使い込んだ極鋭165ゲームセンサー。ミリオネア100にPE1号を巻き、3.5号のリーダーをヒトヒロ結んである。重りは25号。潮も良い具合の色で、とろりと流れているようだ。期待通りに朝は入れ掛かり状態で、30分足らずで早くもツ抜けを達成し、早上がりペースだった。7時前には20匹を越えた。が、良かったのはそこまで。その後潮が止まると途端に食いがシブくなってしまった。それでもスッと10センチ聞き上げるように誘って中りを出して掛けるスタイルで12時まで粘った。途中、重りの色は蛍光グリーンから赤白、青柳カラー、黒と変えてみた。グリーンと青柳カラーが良かったように思うが、ミヨシで50匹を釣り竿頭になった方は終日白だった。私は41匹を釣ったが、肝心の白子は7匹で「復活」とはほど遠い釣果だった。太東沖の超浅場で真鯛の食いが良いようだ。やはりタイだったかなぁ。

悪い予感はよく当たる!9時早上がり!

  言ってはいけない一言を言ってしまった。ん?『早上がりなんてないよね』。今日の長岡丸フグ釣行で現実になってしまった!悪いことはよく当たる。マーフィーの法則っていいましたっけ。新幸丸でも一番に予約を入れ、夜になってから出船が決まった時はボーズ!言いだしっぺはラストと昔から決まっている、麻雀では。何年も卓を囲んでいないため勘が鈍ったのかもしれない。
 今日は北東の風だから鹿島はそこそこの風が吹くはずと、覚悟はして出かけたのだが。案の定煙突からは真横に煙がたなびいていた。4時50分に出港してみると、港の外では周期の短いうねりが押し寄せている。行程10分で始めるが中りがない。すぐに10分走り、再度投入すると中りが来た。10センチほど誘って中りを出して掛けるいつものスタイルで5匹ほど上げた。中りが遠くなると移動し、さらに5匹を入れ掛かりのようにしてあげた。大きくはないが白子もギリギリ期待できそうな大きさだ。たまに特大クラスも混じり海面では横っぱしりしてひやっとさせられるが楽しませてくれた。その後、立って釣ることもできないほど風波ともに強くなって、中りも遠くなりエサも残るようになってしまった。水深12、3メートルでは底までも荒れ始め、きっと、砂の中にもぐり始めたのだろう。まだ8時前なのに中乗りさんが捌きにきたっていうことは・・・そこで例の一言を口にしてしまったのだ。結果「強風早上がり」を呼び込んでしまった。9時早上がり!
  1時間かけて港口まで戻ると波と潮が同じ方向で、入港するときは追い波に乗って舵の利きにくいプレーニング状態ということになる。大きな漁船が波乗りするのは迫力があるが、船長は緊張することだろう。それでも無事に接岸してお土産にヒラメとマゴチをいただき、海苔弁を食べて帰宅した。釣果は22匹。半分は一夜干しにするつもりだが、明日あたり妹が来そうな予感がするので明日までは待つつもりだ。今回は5パーセントの塩水に醤油か麺つゆを加え、その分漬け込む時間を30分短縮して1時間にする予定だ。サッと炙るもよし。燻製して肴にするもよし!
  

白子は終盤!

  今日はフグの白子を求めて鹿島港長岡丸に乗ってきた。大変な盛況で、申し込みの遅かった私は別船大宝丸に乗ることになった。ベタ凪だったが霧が深く、行きは1時間半強。帰りは2時間。先行する同僚船に「「(スピードを)落とすときは連絡してね。」と何度も呼びかける船長もいたほどの濃霧だった。ポイントは利根川河口を越えた銚子の南沖。本家の第三長岡丸より大宝丸の釣り師の方が釣果はよかったのだが私は49匹だった。しかも小さい!白子は3匹のみ!特大も釣り上げたのだが残念ながらメスだった。新しい竿を手に入れ、初おろしで頑張ったというのに…。結論!やはりダイワの165ゲームセンサーが私には合っているようだ。最後の小一時間は165で釣り、何とか数を伸ばすことができた。他の専用竿では固すぎて釣趣がない。今度の竿は柔らかすぎて竿先の感度が鈍く合わせが利かない。うまくいかないものだ。
 鹿島港はいくたびに復興が進み、岸壁も取り付け道路も補修されていく。が、一昨日走った広野~塩屋崎~小名浜の海岸線は夏草が茂っていた。近づくとその下にはコンクリートの土台があった。赤レンガのたたきがあった。観音開きの錆びた鉄のとびらだけが残っていた。2年前までは多くの人々がそこで暮らしていたのだ。しかし、ひろのからいわきおおた間の海岸線は道路が閉鎖されていて入ることすらもできなかった。常磐富岡ICから相馬IC間は工事再開の目途も立たないようだ。

福島の今は?

                                  母がショートス20130712114847テイに20130712080332行っている11日と12日、福島の岳温泉光雲閣に一泊の旅行に行ってきた。自宅にセキュリティーをかけて出発したのが7時ちょっと前。畑によってミニトマトやらキュウリを収穫して京葉道路、東関道を走った。葛西から船堀橋を経て東北道へと渋滞もなく快適に走った。蓮田のサービスエリアで朝食をとり、猪苗代湖畔の野口英世記念館に向かった。記念館には金太郎は入場できない。車においてこようと話していたら、「見学の間、事務所でお預かりしますよ。」と声をかけていただいた。おかげで1時間を超えて見学することができた。それでも3分の2ぐらいかな?世界で切手が発行されたり、学位を授けられたりと世界的な細菌学者であったことを再認識した。英世に出した母親の手紙に感動した後、2階では彼女の極貧極まる生い立ちの中で家族に果たした役割を知り、わが身と比べてしまった。実はかなり以前、若い時に来たことがあったのだけれど、老いてから再訪してみると以前は通り過ぎたところも足を止めるものらしい。
 光雲閣では仲居さんたちが並んで出迎えてくれた。前回の旧丸沼温泉ホテルでもそうだったが、若い人たちの対応に温かみがあふれている。金太郎の褒め言葉もあながち営業ばかりではないようだった。部屋はリフォームされたばかりでイ草の香りが清々しかった。また、部屋からの眺望がすばらしい。翌朝仲居さんたちに見送られて海を目指した。
 広野ICまで北上し、降ろされた後は海沿いを走り、塩屋崎灯台、勿来の関跡を見て帰宅した。現地では「災害交通止め」の案内をあちらこちらで見た。しかし、正確に「原発事故交通止め」とすべきだろう。初日の道の駅での買い物に加え、2日目も今までの旅行にはないほどの土産物を買いこんだ。何に使われるかわからない復興税よりは、現地で使う方が僅かではあっても役に立つのではないか。
 付録です・・・・・1、選挙演説も見かけたが、原発やTPPは争点からは大きく後退しているようだ。2、小学校からの英語教育も良いが、議員の立候補要件にTOEICを入れたらいいと思うのだがどうだろう。少し前までは、韓国や中国の老いた高官は皆日本語を話せた(断るまでもなく歴史の産物)ので交渉は日本語が使われていたらしい。英語圏の諸国との交渉時、大臣も英語で交渉できたら日本ももっと強く主張できるのではないかと期待するのだがねぇ。

 9日の火曜日、新幸丸に乗った。潮は早く2枚潮だったが、40メータ前後の浅場でもあり後半は6号で底が取れた。今年の乗っ込みシーズン、大ダイらしき中りは2回あったが釣果には恵まれなかった。9日の釣果は300gと800gのタイ2枚、ハタ3、JRA4だった。そろそろ浅場を軽いテンヤで狙う季節になったようだ。黒潮も大きく離れ、逆に潮の利かない日が増えそうだ。

釣り師、落下する!?

  落ちました!船から?いえいえベッドから床へです。くるりと1回転してもろに背中と腰を打ちましたよ。ただ、下が畳だったので、かなりショックは和らげたはずなのだが、それでもその時は痛みで動けず、かなりの時間を畳の上で過ごしてしまった。畳の上で寝るなんて、何年振りだろう?団塊の世代真っ只中の小生、呑むと言ったら酔っぱらうまで飲む!今どきの若者のように、唇を酒で濡らしながら皆でどうでもいい話題に興じるなんて器用なまねはできないし、しない!したいとも思わない!呑むときはただひたすら飲む!のど元まで酒で満たし、帰り道など覚えてはいない。金を払ったかも覚えていない。いつの間にか家に辿り着き、そのまま寝る!ときには畳の上に!今は昔の、霞の彼方の出来事である。
 そんなわけで、明日の木曜日の釣行はキャンセルになってしまった。背中だけでなく、午後からは右の手首にも痛みが出てきて、せっかくのチャンスにも竿を立てられそうにない。ロキソニンパップ100mgをぐるりと巻き一日も早い回復を釣りの神様にお願いしよう。
 それにしてもなぜ落ちたのだろう?最近、多忙だった現職時代のやけにリアルな夢を時々見ていた。昨夜も夢を見ていたのだろうか?間に合わないと思って飛び起きたつもりが、ベッドからの落下と言う事態を招いたのかもしれない。退職して6年にもなるというのに、現職中の夢を見るとは・・・。それほど熱心に仕事をしていたとは到底思えないのだが・・・・・。
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