暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2014年02月

そろそろ・・・か?

 ここのところ、大原沖の水温が上昇している。新幸丸の船長も言っていたことだが、そろそろ乗っ込みの第1陣がありそうな気配だ。明日の金曜日あたり良い思いができそうな気が…するのだが・・・行けない!
 行けないのだがいつものジャイアントに寄り、2.5号のハリスを買ってきた。新幸丸の船長の勧めを受けて、道糸をWX8の0.8号に替えたのだがリーダーは2号のままだった。速潮の時は少しでも細い糸がほしくなるものだが、道糸が0.8号ならばリーダーを2号から2.5号にした方が納まりが良いというものだ。
 人事を行うときなど適材適所は当然なのだが、2~3人乃至は3~4人で6つのチームを組ませるとき、一覧表を眺めながら最後に考える?感じ取ろうとすることは納まりの良さであった。人事と釣りのラインシステムを同様に比べるのは乱暴な話なことは百も承知であるけれども、0.8号には2.5号の組み合わせが納まりがいい!3号では結束部分で高切れしそうだ。早く海で確かめてみたい!

長かったキロ越えへの道!

  18日、新幸丸の午前船に乗ってきた。結果は1.7キロ超えが1に600gが1。あとはリリース1に途中でのバラシが1。水深はやや深くなって50メーター前後。テンヤだが最初は10号のタングステン。明るくなってからは6号のカブラを使った。5号テンヤでも取れたが14人を乗せた船ではお祭りの元凶になってしまう。6号のカブラがギリギリだった。
 前半はうねりと風で、中りが取れない。中りが来ても半信半疑で竿を立てるので合わせが中途半端になってしまう。そんな中、反対側の右舷、艫2番の吉岡さんは良い型のタイを上げた。そのあとも5~700gのタイを上げていた。沖上りの11時にはは5キロ超のワラサで締めくくっていた。流石ですねぇ。釣り方?振り返ってみていると・・・ウ~ン、テレビ通りだった。ならば私もと思い、孫鉤を様々に打ってみるのだがエサばかりが掠め取られていく。小さな中りをようやく掛けると付いているようないないような心細い引きで上がってきたのはやっと掌のチャリコだった。これはリリース。軽く聞き上げると、何やら違和感が!即合わせると乗った!村田さんなら「フィッシュ、オン!」と言ったところか。いつの間にかタモを構えてそばに来た船長が「タモいる?」と聞いてくる。「うん、いるかも。」と答えたのは深いところではさほど抗わなかったからだが、残り30メーターを切る辺りから突っ込みを見せるようになってきた。20メートルを切るとドラグを鳴らせてくれる。リーダーに入り覗き込むと綺麗なタイ!船長の構えるタモに引き寄せて取り込むと体高のあるなかなか立派なタイだった。「1キロ600はあるね。」と言いながらデジタルスケールで計測してくれた。見せてくれた数字は1715。イヤー長かった。というのは1キロ超えは10月8日の1.3キロ、1キロ丁度以来、4か月ぶりだったからだ。その間今日まで12回も足を運んでしまった。
 実は17日夕方から微熱があって、早く潜り込んだ布団の中では羽根布団が重くなってしまうほどの汗をかいていたのだ。しかし一度予約を入れた手前、ドタキャンでは船宿に損害を与えてしまう。1時からは眠れなくなってしまったので、2時間も早く家を出たのだった。体のコンディションは最悪に近かったのだ。そんな時の方が釣果が良いというのはどんなもんでしょうかねぇ。
 このあともしゃくって底を切ったらドラグが滑って掛かった。『合わせが弱いなぁ、ばれるかも…追い合わせを入れるかな…いやいやセオリー通りこのまま巻こう・・・』と呟きながら(迷いながら)巻いてくると案の定、ばらしてしまった。超がつくほどの強い引きではなかったが、中ダイだっただろう。さっきだって首を振ったのは3色に入ってからだった。もしかしたら大ダイだったかもしれない。そうだ、大ダイに違いない!逃がした魚は大きい!また大原に行かねばなるまい。

やっぱり雪!

 悪い予報は良く当たる!母の見舞いをしているうちにも6階から見下ろす眼下の景色は白く染まっていく。盛り合わせ(と言っても、あの美しさはともかく、味は釣り師にはいただけませんねぇ。)を目の前に置き、雪見酒でも呑みたいものだ。一日1万も払うのだからそれくらいはと思うのだけれど、友人は看護婦さんたちに致死量のモルヒネを撃たれるだろうという。まさか、白衣の天使が!看護婦さんたちに失礼だ。
 見舞い帰りの道路は早くもシャーベット状で皆さん恐る恐るといった具合で渋滞していた。
 家に着くと「金太郎がそとに出たがっていましたよ。」という奥の話に、早速抱き上げて玄関の庇の下で降りしきる雪を眺めさせてあげた。体を起こして周りを見渡していた次の瞬間、ご近所の外飼いらしい全身こげ茶の虎猫がすっかり白くなった道路から目の前をサッサーと、床の間のある部屋の出窓方向へと走り抜けて行った。今夜は土庇の下の濡れ縁の下か、母の部屋の前のウッドデッキの下がねぐららしい。そんなわけで3か所ある出窓の下は猫のトイレになり、ねぐらの周りにはマーキングをされてわが家は糞尿の匂いが漂っている。
 ご近所には深夜、野良猫達にエサを与えているご婦人もいるらしい。猫も家で飼い、糞尿の始末は飼い主が行い、外に出すときはリードに繋いで飼ってほしいものだ。
 蛇足・・・・毎朝毎晩、テレビではオリンピックの成果が報道されている。スポーツは見るものか、自らするものだと思っていた。が、ダイジェストで楽しむジャンルもあったんですねえ。

またまた雪?

 週末はまたまた雪の予報だ。今の地球は間氷期だというのだから温暖な千葉にも雪が降るのだろう。だが、小中学生のころはもっと度々降った記憶があるのだが、実際はどうだったのだろうか?
 はっきりと残っている雪の記憶がある。私が高校まで住んでいた家は町並からちょっと離れた5軒の集落だった。そこには男の子が4人いたのだが、雪の朝は最年長のKが音頭を取り、各家の玄関からそばの県道までの雪かきをしたものだった。4人の女の子は参加していなかったと思うが雪かきは子供の仕事だったのだ。最近、子供が雪かきをしている風景はとんと見かけることがない。代わりに、雪かきをしているのは私ら年寄りばかりである。朝いつもより早く起こし、させてもいいのではないかと思うのだが。ここでハタと気が付いた。子どもが居ない!向こう三軒両隣を越えてご近所10軒に小学生は2人、中学生が3人なのである。これでは子供会も作れない。少子化担当大臣まで置いたというのに出生率は上がらない。上がらないどころか下がる一方である。もっと思い切った金の注ぎ方をしないと増えないに違いない。そして生みやすく、育てやすい環境を創らないといけない。
 そんな環境を創るには若い人の力が必要だ。若い人がもっと投票に行き、政治活動にも参加しないと現状は変わらない。私?団塊の世代はベトナム戦争の洗礼を受けた。「夜明は近い」と真剣に思い信じたが結果は挫折感、無気力、自己嫌悪・・・・。参加しても見合うだけの成果が得られないことの方が多いことは知っている。だが参加し変えようと働きかけなければ変わるどころかより悪い方向へ流れてしまうかもしれないのだ。

再びの・・・雪!

 午前3時、鼻の頭を舐められて目が覚めた。目を開けると金太郎の顔がある。「ごはん?」と聞くと頷いたような気がしたかどうかは定かではないが起き上がってご飯をあげた。が、外の音が何やら・・・・案の定今朝も雪である。再び布団にもぐりこんですぐに寝入ってしまった。腕を噛まれて目が覚めた。時計を見ると5時。「またごはん?」と呟きながら起き上り、お皿を見ると残っている。「どうしたの、外には出られないよ。」と言い聞かせて私は再度布団の中へ。次に目が覚めたのはなんとなんと9時!昨日母が入院し、奥は一昨日から里帰りしていて昨日からは私一人というわけで、こんな贅沢?もできる。
 近くのすき家で朝飯を取ってから雪の積もった道を走り、母へ入院生活に必要な品々を届けた。以前に1年以上の入院生活を送った母だが、その際にお世話いただいた看護師さんやら清掃の方々からは再開を懐かしむ?言葉の数々が聞かれて人気者だったのかと再認識した。ベッドを上げて降りしきる雪と、雪景色を見せてあげた。台地の上に建ちしかも6階なのでロケイションはすこぶるよい。遠くは降りしきる雪で翳んでいるがそれもまた趣のうちである。
 ナンタラカンタラ話しているうちに大田区に住む妹夫婦が見舞いに来た。聞けば湾岸習志野からは風景が一変したという。四駆とはいえノーマルタイヤでよく来る気になったものだ。
 帰宅するとご近所さんが高価そうなタイヤチェーンをはかせていた。3軒目にしてようやく手に入れることができたという話だったが、毎朝7時には職人さんを載せて家を出る方だから、1本積んでおくと安心だろう。昭和59年の大雪の時も一夜にして4000円のタイヤチェーンが12000円になったっけ。その時の話はまたの機会に!

ラッセルするスコティッシュ?

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  シンとした空気に積雪を確信して目が覚めたのは3時半だった。ハウスの積雪が心配になったが、新しく張り替えたのは確か初夏の頃だった。ならばまだ雪を滑らせてくれるはず。雪の重みでつぶれる心配はないだろうと判断し、家の周りの雪かきをすることにした。原職中だったら早朝、真っ暗なうちに出勤して雪かきをしたものだった。今はリタイアした気楽な身分、急ぐことはないのだけれど、誰かに踏み固められる前なら雪かきも楽勝?なはず。長靴を引っ張り出したり手袋を捜したりし、雪の止んだ5時から雪かきを始めた。 
 家は角地にあるので、お隣りへ1メートルさきまでするとなると雪かきをする長さは30メートルは越えそうだ。縁の下に突っ込んであった箕を使って始めたが5メートルも進んだところで早くもダウン!冠状動脈の6分の1が詰まっている身ではかなりのアルバイトなのである。玄関に横たわって休むが・・・苦しい!辛い!奥が里帰りしている今日は救急車も自分で呼ばなくてはならない。休み休みするしかないと覚悟して再開する。そろそろ休まねばとわかってはいるのだが、あと1メートル、もう1メートルとついつい無理をしてしまう。でも何とかお隣さんの前に1メートル食い込んだところまで済ませることができた。
 次はベランダの雪かきだけれど、12畳分あるのでこれは独りでは不可能と早々と判断!雪の圧力で雨戸も重いし、出口を半畳ほど除雪して金太郎と遊ぶことにした。金太郎は日本猫と異なり毛が密生しているので、雪を物ともせず進んでいく。が、今日は勝手が違うようである。反対の足を出そうとするとズボッと体が沈む。千葉の観測史上最大の積雪では多分足は床まで届いていないはずである。それでも沈下が止まるのはお腹が沈下をとどめているのに違いない。体をよじって反対の足を出すがフワフワの雪ではさほどの距離は稼げない。そのうちに「みゃぁ、みゃぁ」と泣き出した。手を差し伸べると爪を立ててかじりついてきた。腕から胸、肩、首へと登って行く。さすがに冷たかったらしい。金太郎もやはり猫だった。

気配を消したつもりだったが・・・

 久しぶりの大原通いだったが、600gのタイとリリースしたチャリコ1枚。外道は花ダイに石鯛が各1枚ずつだった。3回ほどヒラメに通い、大原から気配を消しての仕切り直しのつもりだったのだが…残念だ!朝一は頻繁に餌をとられ、鯛らしい中りもあり、期待したのだったが…残念だ!
 探検丸を見ていると魚の群れが底に現れたり2~3メーター上に現れたりしていた。反応に合わせて棚を替えて狙ったのだが、迷いが出てとうとう最後まで棚を絞り切れなかった。唯一の600gのタイは着底4、5メーター上でいきなりかっさらうように横に走ったのでてっきり小ぶりな青物だと思ったのだが、上げてみたら予想に反してタイだったのだ。恥ずかしい!
 明日からは奥が実家に帰るので当分の間は私一人で母の世話をしなくてはいけない。ということは釣りにも射撃にも行けないということ。ワックスがけやら柚子やイチジクの剪定やら切り干し大根造りに精を出そうと思う。

自然は凄い!けど?

2014020413362820140204133601 毎年元旦に開花する蝋梅が今年も元旦に一輪花開き、今は満開で清々しい香りを振りまいている。今年は暮れに寒さが続き、元旦の開花は望めないのではないかと諦めていたのだが、今年も咲いてくれた。自然は凄いと思わざるを得ない!が、分からないことも・・・。それは小梅である。昨日は季節外れの暖かさにきっと開花しているだろうと楽しみに岩和田の港から帰ってきたというのにまだ蕾のままだった。そして「君はいつ咲くの?今日でっしょ。」とささやきかけたのだった。
 今日、母の通院から帰ってきて何とはなしに眺めると・・・なにやら白いものが・・・・なんとなんと、氷雨の様な冷たい細い雨の中で咲いているではないか、梅が!それもかなりの数が!寒さが続くなかでも律儀に元旦に咲いた蝋梅!これから雪だという寒さの中で蕾を開いた梅!君たちのプログラムは・・・いったいどうなっているのだろうね?開いた花の数は僅かでも梅の香りは心地よく鼻孔をくすぐる。自然は凄い!そしてわからない!
 昨日は岩和田の明広丸に乗ってきた。船を新しくしたというので、表敬訪問に行かなくちゃぁと呟いたら「行って来れば。」という有り難い奥の一言。言ってみるもんですね。
 5時半、定刻に河岸払いしてゆっくりとあまり海況の良くない海を岩船沖へと新明広丸は進む。沖と言ってもあの絶壁の直下、水深5から10メーター。風向や潮の方向によっては入り込めない船長取って置きの大物ポイントである。ハイどうぞの声に鰯を送り込む。すぐに隣りの常連さんの竿が弧を描き、明広船長のタモに1キロ強のヒラメが収まった。船長がキャビンに入ると同時に艫の常連さんの竿が曲がった。振り返って船長に艫を指さし取り込みを教える。私?目まぐるしく変わる水深を交わせずに根掛かりを繰り返してタイムロス。朝一のゴールデンタイムに何とか1匹と探検丸で水深をまめにチェックして海底をトレースしていくと中り!2回目の引き込みに竿を持ち上げると掛かった!まいていると「かかったの?」という船長の声が頭上から聞こえた。「うん。」とうなずき巻き上げる。船長のタモに向かって引き寄せ、取り込んだヒラメは1キロ丁度といったところか。その後も2回の中りがあったが食い込まず合わせを入れることができなかった。今日の魚は小さいと判断して、一気呑みできるように小さいイワシを選んで付けて送り込んだ。沖上り直前の御宿港先の浅場でも1回、中りはあったがチビイワシの尾びれの根元に歯型を残して放されてしまった。前回の「鰯の気持ち」ではないが怖かったろうなと思う。襲いかかってきたヒラメにシッポをかじられたのだから。天気予報に嘘をつかれ、風も波もある生憎の岩和田沖だったが、「今日も一日遊んでしまった。」という気怠いような・・・・。
 船宿に戻って昼のラーメンを食べ、船長と新艇の話をしたが船長は「操舵席が高い位置なので酔ってしまうし疲れる。」とこぼしていた。漁師でもそんなものなんですかねえ。舷側が高いけどイシナギの取り込みなんかはどうするのと聞くと、クレーンでもつけようかなと言っていた。が、続けて、居着いたイシナギは釣り上げてしまったのかもとも言っていた。船長の言葉を裏付けるように13年のイシナギは釣果が上がらなかった。産卵期に深場から上がってくるというけれど、本当のところはわからないというのだ。自然はまだまだ分からないことが多い。
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