暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2015年04月

乗っ込み終了!?


20150428153705 野良猫の話だから、ご安心を!
 出窓の下や濡れ縁の下、ウッドデッキの下に入り込まれないように頑丈な網を張り巡らせて野良猫の侵入をブロックしてきた。濡れ縁やウッドデッキの上に入り込まれないように防鳥網で囲んだ。甲斐有って隣のSさん宅からか子猫の細い鳴き声が聞こえてきた時には小躍りするほどうれしかった(他人の不幸は蜜の味!)。が、今日また子猫の鳴き声がわが家の縁の下辺りから聞こえてきた。まさか!そんなはずは!下駄をつっかけて庭に回って見ると生まれて間もない子猫3匹と見慣れた母猫がいるではないか!しかも2匹の子猫は防鳥網に絡んで身動き出来なくなっていた。仕方ない、今年もまたしばらくの間は宿を貸してやるか。諦めて鋏を取ってきて網から救助してあげた。うちのパトロール隊?腹を出して毎日、玄関で寝呆けておりました。20150428193609

桜鯛祭りのはずだったのだが・・・・・

 花鯛祭りになってしまった。
 12時河岸払い。1時前に第一投を29mの海底に送り込んだ。念のため、テンヤは5号。1匹目は花ダイだったけれど、それでも前半は真鯛ペースで進んだ。しかし、後半は花鯛牧場に迷い込んだよう!花ダイに次ぐ花ダイ!海底に落とせば真鯛の可能性があったが、途中での中りはみな花ダイだった。 5時半の沖上り前だが、最後の流しは空振り無しだった。もちろん花ダイだったが。
 この日、左舷は6人。そこで潮上に軽くキャストして、糸は32mで止めカーブフォールで中りを出した。底を打つと同時に中りが出るケースが多かった。中りのない時に大きくしゃくって誘うと花ダイの餌食になってしまうことが多かった。
 お持ち帰りはハナダイ28、マダイ8。途中から小さ目な花ダイや真鯛はリリースしたので、全体的にはそこそこの数を釣り上げたことになる。サイズだが、マダイは1㌔と900gが各1枚で残りは300gから700gだった。花ダイは干物にしようと、帰宅後、頑張って開きにした。が、10枚でギブアップ!残りは明日にしよう。
 幸丸はおおらかな船宿で、いろいろな試みをさせてくれる。右隣のお二方は、40gのメタルジグで楽しんでいたし、右舷ではタイカブラだかインチクだかを試していた。

鱓の・・・・・・・・・

 退職者で構成する会の総会準備のための役員会が終わった。
 じつはまた背中が痛くなり、一昨日は「出席不能」と判断して、資料を副部長に郵送しようかと考えた。昨日は、会議会場まで「タクシーを使えば辿り着けそうだ」と思った。今朝になったら「何とか歩けそうだ」と思った。そして無事に会場に辿りつき、会議が終了した。
 何が原因でこうも痛みに度々苦しむのだろうか?口の悪い友人は根拠もなく「水子の霊」と断言する。バカ言え!それなら世の中の男の10人に9人、いや100人に93人ぐらいは痛みにのた打ち回っているはずだ。ともかく痛みと役員会資料作りと母の介護で今月の釣りは幸丸のヤリイカの1回だけ!
 ここ二、三日、ニュースに早朝出勤のことが流れている。管理職になるはるか前から7時には職場について仕事に取り組んでいたが、ナンタラ商事とは違い、バナナの皮すら支給されなかった。管理職になってからもボーナスには管理職手当が反映されず、勤務年数が3年半長い奥の給料を追い抜いたのは・・・・5年後?いや7年後だったかな?それでいて給料削減の際は真っ先に管理職から10%!一般職員は5%だというのに!理不尽極まりない仕打ちを受けたものだ。・・・・これって紛れもない愚痴そのものだ。だが、そんな仕打ちも意に介さず頑張れたのは「こうしたい」という強い思いや使命感があったから。だが、リタイヤする日までに報われることはなかった。ああ、愚痴も文字にしたり、声に出したりすると幾分かは溜飲が・・・これは相手が大きすぎた、鱓(ごまめ)の歯ぎしりかな。
 このまま痛みが小さくなっていけば週末には釣行もきっと、いや必ず!獲物は今期最後のヤリイカか、それとも乗っ込みのタイか、将又メヌケか。気分は高まってきたぞお~!(奥はアジと耳元で囁くが…)

滝桜咲く!





滝櫻と金太郎 先日奥がつぶやいた一言、「滝桜の咲いたのを見たことが無い!」。
 次男が大学に入った年の夏、次男と奥、それに今はブログの壁紙になっているエルを連れて小名浜で一泊して滝桜、阿武隈洞を回ったことがある。夏だから勿論滝桜は濃い緑の葉を茂らせていた。当時は簡単な柵しかなく、石の碑が立っていた。シッポをピンと立てて周りを歩いていたエルの姿と、碑の上にちょこんと座ったエルの姿が思い出される。
 入院中の母は直に退院の予定で、行くなら今しかない。天気予報は悪いがライブカメラで確認すると七分咲き。そこで滝桜観賞となった次第。6時半に家を出たが、道路はガラガラに空いていた。途中、友部のSAで朝飯を食べたが常陸?庵の蕎麦が絶品だった。
 滝桜は期待どおりだったが、なぜこんな斜面に根を張ったのだろうか?しかも一本だけ!世の中は不思議に満ちている。古木の周りを一周して何枚か写真とビデオを撮り、落ちだした雨粒に追われるように三春を後にした。行きも帰りも私一人で運転したので正直疲れた。が、奥DSCN0648 - コピーは気に入ってくれただろうか?金太郎?何人もの人に撫でられたり写真を撮られたりしてお疲れ気味だった。滝桜?今週後半辺りが満開だろうか。

銃器検査に一番乗り!

 恒例の銃器検査が終了した。これでまた一年射撃ができるというもの。昨年までは16時まで受け付けていたと思うが、今年は金曜の昨日も14時まで。それだけ銃の所持者が減ってしまったということらしい。
 受け付けが始まるまで知り合いの保護員と畑のことやら猟のことやら身近な年寄りのことなどたわいもない話をして時間をつぶした。検査の方だが、警官の聞き取りもスムースに進んだ。ただ一つ、難儀だったのは階段の上り下りだ。以前に比べたら銃も2丁になり軽くなったはずなのだが、4階の道場までが雲の上のように感じられてしまう。ラッキーが死んでからというもの、毎日のようにしていた山歩きはしないし腰は痛いわで階段が辛い。なぜエレベーターを付けなかったのだろうか?ウサギ跳びをしているお巡りさんも見たことが無い。不思議!

パラオ巡幸・・・・

 天皇陛下のパラオ巡幸が報じられているけれど、テレビと正対してナレーションを聞いていると胸が熱くなり、テッシュに手が伸びてしまう。きっと、今は亡き昭和天皇が訪れたかったに違いない!先日、と言ってもそこそこ前になるけれど、ペリリュー島での激戦がNHKで報じられた。最後は銃剣を付けてのまさに白兵戦だったらしい。叔父がサイパンで玉砕しているけれど、とうとう遺骨は戻ってこなかったという。祖父の33回忌の時、祖母が「戦死した正雄さんの・・・・」と言った時、父も含めた叔父たちが「お母さん・・・解っているよ。」と答えた場面がよみがえる。孫が銃を手に戦うことが無いよう祈るばかりだ。12日は市議会と県議会の議員選挙。平和を守ってくれる候補者に投票するつもりだ。

フッと思い出すその先には?

 時々だが、何の脈絡もなく昔のことをフッと思い出すことがある。
 今朝はベッドの上で学生時代、インカレ出場のためにトラックにスナイプ2艘(スナイプとA級ディンギーだったかもしれない)を載せて新潟から葉山の森戸海岸まで搬送した時のことを思いだしていた。神奈川に入ったのは朝のうちで、昼にはかなり早い時間だった。遅い朝飯を食べたかったがまだ開店前だろうと諦め半分でトラックを運転していたら、結構ドライブインの前に車が止まっていた。助手席の後輩にトラックがたくさん停まっている店があったら早めに教えるように言い、物色しながら走らせていると希望通りの店があり車を停めた。
 中に入ると運転手ばかりが山盛りのどんぶり飯を食べていた。我々の前に届いたのも山盛りの飯とどんぶりになみなみと注がれたアサリの味噌汁。それもアサリが顔を出している!おかずは何だったのか・・・思い出せないが多分、トンカツではなかったか?とてもおいしかったことまでしっかりと覚えている。もう一度足を運んでみたいが、場所までは思い出せない。おそらく街道沿いだったと思う。店を出ると優しい春の日差しが注いでいた。
 レースの結果?1回は7位だか5位だかでクルーに「帰ったら計測があるかもしれないぞ。」と上機嫌で戻ったことを覚えている。良いことばかりでなく1回は日大の船と接触し、次に会った時に「まだ走っているのかよ、リタイヤしろ。しなければ抗議を出すぞ。」と脅されて泣く泣くリタイヤした。前日のレース練習でも日大の船に権利艇であることをコールしたら「ぶつけてやろか!」と怒鳴り返され、止む無くタックして避けてしまった。ヤクザのような当時の日大の選手であった。夜のミーティングでも「日大には近寄るな。」と指示された。あとのレースは2桁で大した成績ではなかった。
 次に思い出すのは高校の時のことだろうか?その次が中学時代でその次が小学校の時のこと。幼稚園以下のことは覚えていないので幼稚園を思い出したら・・・・・・・・・・・

次々と昇天していくイカ達!

 4月6日、幸丸は4時45分飯岡漁港を河岸払い。エンジンスローダウンで目をさまし、6時実釣開始。ここはどこ?どうも片貝沖らしい。「油代が大変だね。」と教えてくれた中乗りさん(珍しい女性船長さんです)に話かけると「はい、イカだけは女性半額のサービスをしてあげられないんですよぉ。」とすまなそうに言っていた。
 110mの下にはイカはいない?すぐに潮回りをするとその後は一日中落とすたびに乗りに恵まれて64杯の好釣果!潮回りは3回?だったかな。大流しで乗りが続くために、タルの中で過密状態のヤリイカが次々と昇天していく。締めた後袋に入れてクーラーに仕舞う間が無い。理想は多点掛けの入れ乗りでそこそこの回数の潮回りが有ること。そんな展開だったら潮回りの間に締めてクーラーに仕舞えるのだが。ハイ、蟲の良い話でございます。
 頭は80杯強。そんな中で64杯は善戦なのだが、最初のうちは多点掛けができなかった。やがて、乗った後その場に止めたり、短くそっと誘い続けて追い乗りを待ったり、超スローで巻き上げて誘ったりして多点掛けが出来るようになり数を延ばすことができた。
 終わりの頃にはイカはベタ底のよう。そこで中重りをつけて着底の後5mほどなびかせて底のイカを乗せるようにした。この方法、幸栄丸の中乗りさんに教えてもらった釣り方だ。6本ツノに6匹着いた時はうれしかったなぁ。大型船に片舷4人(出港直前に2艘出しになった)というこの日には有効な誘い方だった。 
 数は十分なので11時からは電動直結の練習をした。ツノは14センチ、6本。巻き上げスピードは12にしてリズム良くしゃくり続けた。1匹掛かった後もギュギュッと絞り込むようにしゃくり続け、巻き上げはブランコより早い14、5で取り込んだ。最高で2杯乗りだったが、いつか萬栄丸で見た、超スローで巻きあげながら訪れる中りにひょいひょいと合わを入れて掛ける練習もしたかった。11時半沖上り。クーラーが重たくて持ち上げられない!宮内船長や社長のお世話になってしまった。ナンタラも身の内ですね。
 ご近所やお世話になっている方々に配って回ったが、喜んでもらえたに違いない。

恥ずかしい話を一つ二つ白状します。

その一、イメージトレーニングをしながら車を走らせていた高齢者のジジイ、誤って京葉道路の内回り(鹿島港の時のコース)に侵入してしまった。逆走しようかと思ったが、愛車には翼が付いていないため中央分離帯を跳び越えられない。仕方なく次の出口で一旦出た後Uタウンして東金有料に向かった。あ~ぁ恥ずかしい!
その二、雨予報だったにもかかわらず、合羽を忘れてしまった。幸い雨は降らず波風もなくシャワーを浴びることはなかったが、不愉快な冷たさは・・・ズボンの中にタレションをしているようだった。
 
 
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