暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2015年05月

独身ジジイのなれの果ては?

 土日は独身生活。朝は素麺だけ。昼は即席ラーメンだけ。それも昼に近かったりおやつの時間だったりといった具合だ。
 独身なわけは奥が毎週末、義母の介護に行くからだが、3日までは母に食べさせなければいけなかった。だからあれこれと考えて3食を作ったのだが今はかなりいい加減。友人は影膳をあげれば今までどおりに作れるよというが、影膳では張り合いがない。今日は止める人がいないことをいいことにして午前中からの飲酒三昧!が、肴は・・・ナッシング!そのまま食べられるものはないし、かと言って手を濡らして作る気にはなれない。
 ラジオを肴に酒だけを飲んでいると石屋さんから墓誌を彫り終えたという知らせが入った。納骨はまだ先なのだが手際の良いことだ。飲んだくれていてもそれでも世間は動いている。

今日の予定・・・みんな生きている!

 母が逝って間もなく三七忌になるが、分からないことが有ったりすると「ねえ、あれはどうなっていたっけ?」と思わず振り返って母を探してしまう。昔のことや遠い親類関係ではなおさらである。こんなことがこの先2~3年は続くのだろう。
 二七忌の18日、長男のお嫁さんにはチョットした事件があったらしい。そして車の下から1匹の生後2ヶ月にも満たない子猫を保護したという。このあたりの顛末はブログ「お蕎麦さんは、お留守番http://kabosusoba.blog.fc2.com/」に詳しく書かれているので興味があったら見てあげてほしい。いずれにしても小さな命を助けたということだ。
 その前の週、遮断機の下りた踏切の前で止まると、向こう側で遮断機のポールを持ち上げて踏切から脱出しようとしている男女二人組がいた。男性は私ぐらい?の年齢でスーパーのワゴンのような車を押していて、歩行に障害がある様子。幸い侵入してくる電車の反対側ではあるのだが、女性はポールを持ち上げられない様子だ。対向車のドライバーがチョット降りて持ち上げてあげたらよさそうなものなのだが・・・・どうもその気は無いようで車のドアは開かない。この踏切はカーブにあるのでそこそこの傾斜があり、よろけると侵入してくる線路の方にずり落ちてしまう。どうしようかと迷ったが車を降りて電車が来ないのを確認してポールをくぐり、女性と二人でポールを持ち上げて男性を踏切の外に出した。ポールをくぐるのも持ち上げるのも初体験だったが、このポール、以外と重いものだと知った。『反対側から電車が来たらあおられて、巻き込まれてしまうだろうな』と考えながら通過する下り電車を見ていると、間髪入れずに上り電車の侵入を告げる矢印が点灯した。この時になってぞっとしてしまった。その時は対向車のドライバーだって必ず車を降りて手助けするだろうけど…。
 今年も畑のバラを切り取って行った人がいる。バラは水揚げの悪い花で、切った直後の処置が必要だ。処置が悪いとたちまち萎れてしまう。木で咲いていれば一週間ほど咲いていられるが、気温の高い時期、部屋の中では3~4日だろう。無暗に切らないでほしいな。今日は奥と整骨院に行き、義母の介護に奥を送り出した後、バラに黒班病の殺菌消毒をしてあげる予定だ。バラだって生きているからこそ病気にもなる。
 

母の旅立ち

母の旅立ちを記しておきたい。
 5日の19時、寝かした母の血圧と体温を測り記録する。血圧が100を切り、体温が7度6分あったので21時に再度測ろうと寝室に行くとぐっすり寝ている。この分なら無理に起こさないほうが良いと判断して毛布と上掛けを肩までそっとかけた。10分後にビールを取りに行った際にも覗くが変わりはない。
 翌6日午前2時、オムツ交換に行くと様子がおかしい。声をかけ顔を触ると冷たい。119に電話を入れ指示通り、奥と二人でベッドから降ろして心マッサージをする。加減したつもりだが肋骨の折れる音がする。5~6分後の救急隊の到着まで続けるがこの間不思議なくらい冷静だった。
 救急隊からすぐに蘇生不可能と告げられて母の旅立ちを知ることとなった。「何時間ぐらいでしょうか?」と尋ねると「4~6時間でしょうね。」という答えだった。逆算すると20時から22時ということになる。7時にベッドに横になった時のままの胸に手を乗せた姿勢で、四六時中パジャマのポケットに入れている連絡用の携帯電話もポケットに入ったままだった。市内に住む妹は旦那さんと一緒に駆けつけてくれた。
 30分後に東警察の刑事7~8人が到着して聴取や検分が行われた。病歴や入院歴を記録したものや血圧ノート、お薬手帳、預金通帳などといっしょに「今日中には帰せると思います。葬儀社には早く連絡を入れておくといいですよ。」と助言をくれて4時半に母を連れて行った。
 8時、「持病や高齢による心停止の疑い、亡くなったのは5日の午後11時頃という診断が出ました。今日中にはお返しできます。」と担当刑事のMさんから連絡が入った。11時少し前に再び「本部の決済が出ました。お引き取り下さっていいですよ。」とMさんの電話を受けた。
 父の葬儀をお願いしたS社の人と母をむかえに行き、12時過ぎには自宅に戻ることが出来た。お寺さんに連絡を入れて葬儀をお願いした。7日午後、妹たちが立ちあって湯灌を済ませた。7時から通夜、翌8日の12時から告別式と初七日を済ませ、4時過ぎ、お骨になって再び自宅に帰ってきた。ご住職と七七忌の打ち合わせを済ませた。
 10日、長い間お世話になった医療センターのK先生宅に奥と一緒に伺ったがお留守だった。11日夕方に出直し、奥様によくよくお礼を申し上げてきた。5日は昼食も夕食も食べたくないというのでスプーンですくって食べさせたこと、そんな時でもK先生のおっしゃることはよく守り、「水分を取らないとね。」というお言葉通り、コップいっぱいの水分は飲んだことなども報告した。K先生宅には6日早朝に刑事課から既往症等の確認の電話があり、「心臓かなぁ。」と奥様に話されていたそうだ。
 妹たちには「会えるときに会いに来い。」と度々言ってはいたが、こんなに早く逝くとは思わなかった。下の世話をしていると「すまないねぇ。」と言うので「すまなくはないけど死なないでよね。」というと「うん、死なないよ。」と答えていた母の声が耳に残っている。「出来ない、○○○してください。」と言われるたびに「今までできたでしょ、何もかもできなくなっちゃうよ。自分でやってごらん。」と突き放したり、「大丈夫、100まで生きるよ。」と励ましてきたりしたけれど、「してほしい」と言うことは何でもしてあげればよかったとつくづく後悔している。

メヌケでツ抜け!?

 
moblog_5c6c42cbs 今日の太平洋、強風下でメヌケを12匹という素晴らしい釣果を達成!
 いえいえ、大したことはないのです。なぜなら右隣の人は20匹!大艫の釣り師は30?匹という鈴栄丸の信じられないような今日の釣果でした。
 3時に河岸払い。うねりの大きな太平洋を2時間走って5時に釣り開始となった。が、私には中りは来ず、潮回りをして第二投を送り込む。と、着底直後に竿先をたたく中りが!「あたったよ。」と船長に告げると、「一回引いた後は引かなくなるから、少し出して追い食いさせてぇ。またあたったらまた少し出して。」と船長がマイクでが鳴る。指示通りに2メートルずつ送り込む間も竿先が叩かれる。何回か繰り返していると巻き上げの指示が出た。50mを切っても竿先をたたく。船長に「違うかもね。」と言うと、「クロ(アブラボウズ)かな。」と返ってきた。が、幹糸を手繰ると良型のアコウが1匹だけ上がってきた。ボウズは解消したものの、納得がいかない。バレタのかなぁと思って海上の赤い点を探していると隣りの釣り人が「あれ、アブラボウズでないか?」と海面を指さした。急いで探したが確認できなかった。
 その後は2匹。次の流しは3匹。最後の流しでは6匹という釣果に恵まれて、提灯行列も達成した。1匹は5㌔を優に超えていそうで「こりゃあ旨いよ、大石さん。」と船長の品質保証をいただいた。当然クーラーには入りきれず、1匹は帰港まで床に転がされたままだった。車には予備のクーラーを積んできていたので、魚を分けて入れ、新しい氷を入れて帰路についた。持病の腰痛、母の他界と良いことのなかった4月、5月だった。母の日に母は無く、ほうけている私に「気晴らしに釣りにでも行ったら。」という奥の言葉に従ったのだが、今日の大漁、今年のターニングポイントになってほしい。(写真は鈴栄丸のブログからお借りしました。ロッド…鈴栄丸のオリジナルロッド、リール…ミヤ9NT、ライン…12号を1200m、錘…鉄筋2㌔)
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