暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2015年06月

奥と二人、7000円で一艘貸切!

 9時半、無事に保育園に預けたというメールを受け取り、先週、孫の発熱で急きょ中止した潮来へ!
 11時近くに潮来料金所を下り、常陸利根川を左手に見てちょっと走り船着き場へ。絣姿のおばあちゃんに誘われて車を倉庫?前の庇の下に停めるとそこが船着き場。ここは仕立て方式で、一艘7000円。お客は奥と二人しかいなかったので一人当たりの料金が3500円というわけだ。 ちょっと贅沢な遊覧船。昨日の日曜日は混んでいただろうけど、アヤメの盛りが終わり、月曜の今日は私たち以外に客の姿はない。港?までも貸切状態だった。
 乗ったところは茨城だが、目の前の常陸利根川を渡ると千葉県佐原市。水門を上げて閘門に入ると20センチぐらい水位が下がり反対側の水門が上がった。この間もかつて勤務した江東区の扇橋閘門の話や足立区の洪水、排水機場の話で盛り上がった。最初のいざよい橋をくぐり、十二橋めぐりが始まった。昔の水路が張り巡らされていた頃の説明を優しい口調で聞かせてくれる。しかも客は私たち二人だからテープ調ではなく全くの会話調である。ザリガニをエビガニと呼ぶことやその料理方法、川エビの捕まえ方、ウナギ釣り等は私の田舎もここも同じですっかり意気投合し、小一時間があっという間だった。
 昼ご飯は川魚料理を食べようと話していたが、気に入った店も見つからず、道の駅で買い物をして鹿取神宮へ。豪奢なたたずまいに認識を新たにして資料館をゆっくりと見学した。神社仏閣を見るたび、信仰の強い力や人々の神仏にすがろうとする心情を思い知る。ちょっと斜に眺めているなぁと自己分析をしながらである。
 夕方になって帰宅すると金太郎が迎えに出てくれた。が、しゃがれた声を出し、ちょっと不機嫌だったようだ。はいはい次は一緒に行こうね。因みに十二橋めぐりの船は小型で、ケージに入れたペットは乗船可です。

両腕が筋肉痛で、腰も・・・・9.3㌔!


20150626114002 両腕が筋肉痛で腰も痛い!肩もこわばってしまって・・・。9.3キロを都合5時間!魚ではなく、孫である。
 奥と二人、十二橋めぐりに行こうと準備をしていると、孫が発熱したので面倒を見てほしいと連絡が入った。即目的地を変更して車を走らせた。大した道のりではないのだけれど、通勤時間帯で、要所要所は渋滞しており、到着は10時を過ぎてしまった。

 23日に満1歳になったばかりの孫、熱のためか泣きじゃくっていたが奥の顔を見るなり一層激しく泣き出してしまった。先日、免許の更新のために半日預けられた時の心細さを思い出し、また預けられると察してしまったらしい(なんと賢い!)。が、母親は仕事に行かなければならない。奥との引き継ぎの後、今生の別れのようにして母子は別れた。

 6月から保育園に通い始めた孫、保育園通いの成果か5分もしないうちに泣き止んだ。が、今度は私から離れない。結果、前半2時間半、夕方の2時間半、合計5時間近く抱くことになったという次第だ。抱いているときは可愛さが勝り、さほど重いとも感じなかったのだが、一夜明けたら・・・やはり腕や腰が痛い!孫は可愛いが、確かに疲れる!

  父が逝き、母が逝ってしまったが、新しい家族が来てこのおちびさんを中心にわが家は回り始めている。一緒に船に乗るまで頑張るぞ!

以前の生活リズムに・・・・

 納骨も済み、通夜、告別式に来ていただいた方々のうち、直接伺うことができるお宅への返礼行脚をしている。遠い方には止む無く郵送になるけれども、足を運べるところへは出来る限り足を運びたい。遠方からわざわざ足をお運びいただいた方には郵送では心苦しいのだけれど、お許しをいただきたい。
 母が生きているときは、6時までには起きて下の世話を済ませて朝食を作るのは私の役割だった。が、母が身罷ってからというもの、起床時間は確実に遅くなり、朝食作りはすっかり奥の仕事になった。しかも直近までというもの、朝食や夕食を外食で済ませることも少なくなかった。しかし、ごく最近になってやっと以前のように3食を自宅で作り、食べるようになってきた。「落ち着きましたか?」と尋ねられることが多いけれど、確かに、生前のように自宅で食べるようになってきたのは「落ち着いてきた」証しなのかもしれない。
 時代を遡ればさかのぼるほど、長い年月を生きてきた年寄りの知識や体験談には価値があリ、相対的に年寄りの地位は現代よりもはるかに高かったろう。口伝に頼るしかなかった古代はその極みであったろうと思っていた。
 しかし、である。家族の昔話ひとつとってみても、母が他界した今となってはその真偽やまして細かないきさつは藪の中、土手の向こうになってしまった。父が逝った後、母が私たち兄弟の求心力であっただけでなく、母の口から家族の様々な出来事=家族の歴史が語られていたからこそ大石という家族が存在していたのだと改めて思った。今も有史以前も家族の中で年寄りの地位は変わらない。

テンヤ釣法を忘れました!

 22日の午後船は4人の釣り師を載せ、3代目船長の操舵で12時に大原港を河岸払いした。新幸丸はうねりの残る海を岩和田沖を目指した。
 1時少し前に第一投を62メーターの海底に送り込む。着底してからは小さく誘ってみた。すると竿先が抑え込まれるような中りに竿を大きくあおると・・・乗った!フィッシュ オン!が、残念ながらタイではなさそうでただ重いだけ!3代目の差し出すタモに収まったのは良型の鬼カサゴだった(後検1㌔ジャスト!)。これはこれで美味しいゲストでうれしい。
 右舷艫で大ダイ(3㌔超)と格闘しているとき、着底してチョコット底を切るとツンという中りがあり、合わせると鉤掛かりした。が、これも重いだけ!鬼カサゴを期待したが上がってきたのはガンゾウだった。これは海面でナチュラルリリース。その後、右舷ミヨシでも2キロを大きく超えるタイが上がった。 
 私にはチビガンゾウにJRA。コモンフグ。10号のカブラをぶら下げた糸を70m以上も巻き上げ落としなおしの繰り返しは結構なアルバイトだった。途中、底が取れない時もあり、当然のことながら根掛かりを繰り返してしまった。幸いロストはしなかったけれど・・・恥ずかしい!
  日曜日にお向かいさんからマルイカをいただいているので、タイを一枚お返ししたいと頑張るが19時まで粘るも残念!ボーズに終わった。鬼カサゴだが、今朝、うろこを落としてお向かいさんに届けた。3、4日も寝かせるといい味になるだろう。

 飯岡もそうらしいが大原もノロの大発生で5センチぐらいに成長したノロが海を埋め尽くしていた。これでは魚も住みにくいだろう。巻き上げてくると先端のガイドにひとさし指の爪くらいの塊になる。ジャボジジャボと海面で降るとすぐ落ちるのでまめに落とすとよい。帰ってからは道糸に残ったノロの掃除をしないといけないが、①最初に海中に入った長さ分だけ(昨日は85m)空のリールに巻きとり、②ぬるま湯にくぐらせながら道糸に残ったノロをリーダー方向にしごいていくと結束箇所まで辿り着く。③つめを使いノロの塊を取り除くか切断してノロの塊を抜き取る。切断した場合は再度のPEとリーダーの結束が必要になる。水温が上がってくればノロも消えることだろう。 

大原へ!

 20日の土曜日、母の七七忌の法要を寺で行い、納骨を済ませた。出産したばかりの孫以外の孫も曾孫も出席しての法要だった。
 幸い、梅雨晴れ?天気にも恵まれた。一日前でも一日あとでも雨と風の中の法要になっただろうから、母からの贈り物だったかもしれない。
 父の可愛がっていた猫のお骨もこっそり入れてもらったから、父母とピン(日本猫)とサース(セッター)で何やら語らっていることだろう。
 今日の午後船に乗ることになった。久しぶり、3月31日以来の新幸丸だ。昨日は新一船長と3代目で大ダイ、中ダイを釣っていたようだけど、果たして残っているだろうか?朝のうちに野菜の収穫を済ませたら、昨日の父の日、雨の中をわざわざ届けてくれた恵比寿を1本だけ持って、のんびりと糸を垂れて来るつもりだ。「夕飯は食べてきてね。」と言われているので途中で好きなものを食べたいが、最近は中性脂肪が高く、あっさり目しか食べることが出来ないのが残念だ。

四十九日の法要

BlogPaint 20日の土曜日は母の四十九日の法要。寺の後、墓場で納骨。そのあとは食事の予定。
 ご住職も含めた手土産は用意したし、あとは石屋さんに内緒のお願いをするつもりだ。というのは2010年8月に身罷った親父が可愛がっていた猫(2013年9月29日19時死去)の遺骨も納骨してもらう。エルとラッキーの遺骨は仏壇の下においてあるが、2匹の遺骨は私の骨と一緒に収めてもらうことに決めている。それまでは身近に置いておきたい。あんな寂しくて暗く冷たいところには可愛そうで可愛そうでエルとラッキーだけではとても入れられない。このこと(2匹のお骨と一緒に私の納骨をすること)は奥にも話してあるので、きっと、必ず、叶えてくれることと信じている。

遺品整理

20150607131135 五七忌の昨日、妹たち二人が来て母の遺品整理をしていった。2回めであるけれど、まだまだ終わらない。それでも和箪笥一棹は空になった。着道楽だった母のおびただしいほどの衣装やハンカチなどの小物の3分の2は妹たちに引き取られたりリサイクルに回されることになった。
 ブラウスやセーター、コート等にまつわる思い出話などをしながら片づけるのだから計がいかない。当然のことながら一枚ずつ身にまとっては鏡で確認するのだからなおのことである。
 奥は請求書やら領収書、介護計画書等紙類を整理し、シュレッダーにかけている。時々私を呼び出しては保存と裁断の判断を求めたり、たまった紙くずをゴミ袋に移す手伝いを命じたりしていた。
 私は藪蚊の巣窟になった庭の消毒を済ませた後、女たち3人の昼飯つくりで遺品整理にかろうじて参加した。
 猫の手も借りたいというけれど、金太郎は生前は見向きもしなかった母愛用のバッグにしきりと体をこすりつけていた。そのうち「これ、僕の!」とでも言うかのように抱きかかえてしまった。はいはい、君も参加していたのね!
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