暗中模索、五里霧中、七転八倒の釣り日誌

多趣味な世捨て人が、釣りを中心に幅広く、無責任な独断を掲載。

2016年04月

初物!

BlogPaint 今年の初物が採れた。
 いつも初物は母に「寿命がまた延びちゃったね。」と言って食卓に上げてきた。今年も1本だけだが初物が今日、収穫できた。だがもう母はいない。今は仏壇に上げるしかない。母に届くだろうか?
 この後は凄まじいキュウリラッシュが始まる。奥は「キュウリ地獄だ。」と言いつつ水代わりにぼりぼり食べている。が、味は天下一品。そりゃあそうだろう!堆肥と米ぬかをたっぷりと入れて土つくりをし、ハウス向きの品種を植えているのだから。しかし、スーパーのキュウリのように大きくしてしまうとさすがに食べきれないので、16、7cmで収穫するようにしている。これなら3本ぐらいは食べられる。昨日はメイストームのような強風が吹いたが、トウモロコシも枝豆も苗が小さかったことが幸いして被害はなく、順調に育っている。5月上旬の嵐も乗り切ってほしい。

早潮?????そうか!そうだ!そうだった!

 アジ以外の魚も食べたいもの。久しぶりに川津のイサキに行ってきた。HPでは定数の上がっている様子に、早起きも頑張ったのだが…。
 本当に久しぶりな鈴丸。5時半に出船。勝浦灯台沖で釣り開始。棚は22m。「25mまで落として、コマセを撒きながら22mで待ってください。」とレクチュアしてくれる。これは潮回りのたびに毎回、沖上りまで続いた。その他、追い食いのさせ方もアナウンスしてくれた。
 投入指示以前から船長は潮が速い、速すぎると盛んに嘆く。お決まりの11投となった。「上げたら入れないでねー。」と毎回アナウンスする。もちろん入れずに潮回りを待つが、海の状態も決して良くない。だんだんに風は強まり、周期の短く高さのあるうねりで釣りづらいことこの上ない。港ではいろいろ教えてくださった隣の方は無口になり、とうとうコマセを撒き始めていた。それでも一荷やシングルで釣り上げている。ミヨシの方はトリプルもある。しかし棚が合っていないらしく私は空振りばかり。
 おまけに強風で仕掛けが舞い上がり、手前纏りまで起こす展開となった。上鉤だけを舷側のマグネットに付け、下鉤のチョイ上を持って振り子のようにビシを振って投入して手前祭りを防いだ。
 しかし、釣れない。ミヨシの方は手前纏りを解きながらも入れれば一荷やトリプルで釣っている。道糸の印を数えて正確に落とし込んでいるのだが・・・私には釣れない。こんなに難しかったっけ?何が悪いのか?11投なのでビシの窓を絞り、コマセの出を抑えて長く探れるようにも工夫してみた。それでも釣れない。だんだん焦ってきた。イサキでボーズなんてみっともない。
 こんな時は釣れてる人に聞くのが一番。潮回りの時に「すみません、教えてください。」と教えを乞うた。港で挨拶しておいたので、気軽に聞けるし、聞かれた方もにこにこしながら教えてくださる。「潮がカッ飛んでいるので、船長の指示より23m出した方がいいみたいですよ。」と、この先輩も教えてくださった。そうかそうか、仕掛けが真横にたなびいているのか、そうだったと以前明広丸で一人定数を釣り上げた時のイサキ釣りを思い出し、仕切り直しとなった。
 遅ればせながらこの後は竿先が絞り込まれるようになった。中りが出た後は逸る気持ちを抑えて一荷、トリプル狙いに徹してタルにイサキを溜めた。
 港に戻ってからのお楽しみは宿での定食。この日は天ぷらにカツオの刺身、筍の煮物に・・・・ナンタラと沢庵。美味しいんですね~楽しみなんですよぉ~このお昼が。お替りはぐっとこらえた。出口で数を聞かれるのも昔とおんなじ。「恥ずかしいなぁ、33です。」と報告して帰路に着いた。
 HPを見ると450と載っていた。やはり難しい海だったんだと納得した次第。
 イサキだが小さい。20cmがほとんどで大きめなのは5匹しかいなかった。数を焦り、釣れる棚に執着した結果なので仕方がない。大き目はご近所に。わが家は小さめな魚でタタキを作ったが、これがアジとはまた違って美味かった。カルパッチョや定番の塩焼きも勿論美味しかったです。
 付録です・・・・竿だが皆さん、短めで胴調子の竿を使っていましたね。昔とは違ってきていました。私は73調子の極鋭マルチ195。リールはミリオネア200に1.5号。仕掛けは1.5号の船宿仕掛けでした。付けエサは配られたイカタンを使いましたが、一番下のカラー鉤に沖アミを付けても面白そうでした。隣の方はいい型のメジナを釣り上げていましたから。船長が変わった?



金アジ、断念!・・・・残念だ!!


 大分の地震はやや小さくなってきたような気がするのだがどうなのだろう?竹田市の親類だが、地盤がしっかりしているのだろうか、今のところは大きな被害からは免れているらしい。が、揺れていない時が無いような状態らしい。3.11の後、常に揺れている様な感覚になり大変辛かったことが思い起こされる。九州の方々も同じような不安な気持ちではないだろうか。今回は親類への見舞金で許してもらおうと思っている。

 明日は母の一周忌と父の七回忌。お寺さんにお布施の額を尋ねたが、答えてはくれない。「2倍なんてことは必要ありませんよ。」と優しくおっしゃるだけ。困った。納骨の時を参考に決めるとしよう。

 妹たちには金谷の金アジを持たせようと思い、昨夜、勘次郎丸に電話を入れると満船とのこと。20日も満船だったが連日満船らしい。改めて金アジ人気に恐れ入った次第。漁師のような常連さんが乗ると60超の釣果だから、而も中アジ以上とあっては皆が押し寄せるのも納得だ。もっと早く申し込めばよかったと後悔しきり。
 金谷のアジはポイントが極近で沖上りまで6時間で8500円という安価。仕掛けは2組300円の船宿仕掛けが最強とあってお手軽なことこの上ない。
 金アジは諦めたが、背中の痛みもほぼ治まり、そろそろメヌケや乗っ込みのタイにもいきたいところ。今年もヤリでは消化不良だったが、不漁と背中の痛みのダブルパンチではこれは仕方がない。あと2カ月もすると始まる夏フグも楽しみだ。釣り人生は次から次へと楽しみに満ちている。長生きしていたらそのうちにたった一人の孫と糸を垂れる日も来るかもしれない。いやいや、明日の分からない老いの身、今生の思い出に梅雨明け十日辺りに家族で一艘仕立ててみようかな。仕立てるとしたらどの船長がいいだろうか。魚はそこそこ釣れてくれないといけないから・・・アジか・・・キスか・・・それとも・・・イサキ?こんなことを考えるのも釣りならではで楽しい。ところで体の空いた今日は・・・・うん、墓の掃除と、ゴールド・ラッシュの種蒔きでもするとしよう。
 


 

勘次郎丸、餌の小鯵が釣れない!

 端物狙いに竿を出したいが・・・餌にする小鯵が釣れない。中アジばっかりが釣れてくる。たまに大きなアジが竿を絞る今日の勘次郎丸。困ったもんだ!というぜいたくな悩み。
 ほぼ無風状態の20日の東京湾。船長から「アジは向こう合わせなんだから難しい釣りではない、棚取りとコマセをタイミングよく撒くことだけ。中りの遠い時は少なめに撒き、群れが回るまでコマセを残しておくこと。」とアドバイスされたが、釣れない時期ほど盛大に撒いてしまうのは凡人の常。そんなことを話しているうちに、それでもそよ風が吹き始め河岸払いとなった。
 港のすぐ沖、50mから55mで沖上りの13時まで釣り続け、釣果は42匹。頭は53匹を釣り上げた右隣の常連さんだった。「もっと釣っていたでしょ。」と言ってくださったが、自分が釣れているときには竿先と手元ばかり見つめていて周りが見えないのに対して、釣れていない時には次々に釣り上げている人に目が釘付けになるので常時釣り上げている様に思えてしまう。が、小生、他の人の方が大きい魚を釣り上げている様に思えてしまうのはどう説明したらよいのだろうか?きっと欲張りで、尚且つ福沢翁の最も忌嫌う他人を羨む賤しい性格なのだろう、多分。それに違いない。
 この日も一荷が3回有っただけで単発ばかりだった。勘次郎丸は探検丸を搭載しているので、水深を投入ごとに確認して海面からの棚取りで釣り続けた。棚よりも2m落として巻き上げながらコマセを撒き、鉤掛かりさせる。一荷やトリプル狙いの微調整は2点。一点は3本バリのどこに鉤掛かりしたかで待ち棚を微調整して上鉤に最初の魚を食わせようとしたこと。この点ではうまくいった。ほぼ狙い通りに上鉤に集中できたのだが、次が良くない。2匹目を掛けようと50㎝上げたり70cm上げたりして待っていると大きく引き込んだので回収する。が、2匹ともバレてしまう。これは鉤の刺さった穴が広がってしまうためだと思うが、このことは取りも直さず棚が微妙に違っていて上あごに掛かっていないためだろう。棚取りとは難しいものだ。単発の時だがこれは上手く上あごに掛かっていて、タモの出番もナチュラルリリースもなかった。魚が大きくて水深があるため、上あごに掛けないと回収できないということでもあるのだろう。
 一度、端物狙いの竿を出せたのだが、その時もワラサのエサには大きすぎた。ブリクラス?でないと口には収まらないだろう。棚を低くしてヒラメ狙いの方が良かったのかもしれない。

  

奥の一言。。。「地震なんて・・・知らなかった!」

 奥の父母の故郷、大分県竹田市も大変なことになっている。今のところ大丈夫だという連絡だが、家の中はめちゃくちゃになっているのではないかと心配でならない。今出来ることが無いだけに一層心配である。
 奥は福岡で育ち、中学の時にこちらに引っ越してきた。中学で地震想定の避難訓練をしたが意味が分からなかったらしい。そして、初めて地震を体験しビックりしたそうだ。即ち、福岡に住んでいるときには地震の洗礼は受けなかったということだが、その九州での巨大地震。活動期に入ったとは間々聞くことだけれど、地震とは縁遠かった地域でも活発化したということは南海地震や首都直下地震も秒読みに入ったということか?
 築40年を過ぎ、本瓦を下し、筋交いを増しはしたが古典的な木造建築のわが家、直下型の激しい縦揺れ横揺れの洗礼には耐えられまい。取りあえず、私の薬は建増した平屋の部屋に疎開させた。食量や水の備蓄もそちらへ避難させよう。磯田道史氏の「天災から日本史を読みなおす」」を読み直している。

旅立っていったけれど、次が?

 猫の親子が旅立っていった。今朝の雨と寒さでチョット心配だ。6匹もいてはお母さん猫のお腹に入りきれない子猫もいるのではないか?どこかへ移って行ったぞと奥に言うと、「でも、他にもお腹の大きな猫がいて、こっちの目をすがるようにじっと見つめているの。また家で産むかもしれない。」とのたもう。おいおい、また出産かよ、うちは産院じゃあないよ、猫君。

明広丸現着!13人目の刺客のはずだったのだが?

 メヌケが中止になった昨日12日、岩和田の明広丸に乗ってきた。そう、乗ったという表現がぴったりのような展開だった。
 4時半過ぎ、港に着いたら満席?唯一空いていたのは右舷艫2番。ミヨシに入りたかったが、皆さん早いねぇと呟きながら荷物を下ろしていると船長の軽トラが到着。私を見つけると、「駐車場まで迎えに行くよ、大石さん。」と言ってくれた。急いで車を駐車場に向ける。駐車場から船に向かう車中で「みんな早いねぇ。」「早いよう、泊まった人も早く来て席を取っていたよ。」「俺も泊まればよかったなぁ、朝早くて体調が悪い。今日はどうかねぇ。」「昨日はよかったけど、凪だから…。」「船が流れないか?」と会話。午後の都合で昼食の断りを伝えた。
 5時半過ぎに河岸払いして港の外で第一投を送り込んだ。水深3m。が、船は止まったまま。動かない。サイドスラスターを使ったり、超スローで進めたりして船を動かしていくが、中りは来ない。探検丸はイワシで真赤ッカ。海面ではシコイワシが跳ねている。チョイ沖目では鰯を獲る大型漁船2艘が網を広げ、他の船は網に鰯を追いこんでいる。たかが鰯と思うが、6艘でチームを組んで大がかりな漁を繰り返している。そんな風景を眺めているとようやく右舷で上がったらしい。挨拶を交わした隣りの方が見てきて「小さい。」と一言。 
 風は全くない。船は船長の操船で少しづつ動くが、中りは来ない。イワシ漁の近くに船をつけたが、中りは来ない。海中は鱗が吹雪のように待っているはずだから、ヒラメの活性は上がっているはずなのだが・・・中りは遠い。でも裏でまたヒラメが取り込まれたようだ。『魚はいるんだな。』と思っていると待望の中りが来た!だがこのあたり、カツカツカツッと何やらヒラメらしくない中りだ。いつまでたっても食い込む様子はない。イカかフグだなと判断。かなり食っただろうというところでピッと合わせを入れると大きなショウサイフグが上がってきた。まあ、これで今夜の刺身は確保。
 何度も流しかえたがたま~に上がる状況に湾の東のはずれ、メキシコ塔の下に船を入れるがここも芳しくない。再度湾の中央に戻るが・・・相変わらず良くない。そこで港の出入り口に船を入れる。風も出てきてどてら流しで釣れるようになってきた。時計は10時を回った。この頃からあちらこちらでヒラメが取り込まれ始めたのだが、私には中りの来る気配がない。こりゃあボーズだぜと観念したら待望の中り!ヒラメに違いない!慎重に間合いを計り、竿が引き込まれたところで大きくあおると…乗ったあ!浅いので抗いながらもすぐに上がってきた正体は大きなマゴチだ。「船長、タモタモ、タモ。」とリクエストしながら泳がせ、船長の差し出すタモに誘導した。隣りの方が「こりゃあ大きいやぁ、ヒラメより旨いよ。」と言ってくれたが隣の方はソゲに、ヒラメ1。このマゴチ、後検1.3㌔だったが、外道。沖上りまで残りわずかになり、沖を眺めると水平線が凸凹凸凹して、荒れ模様を知らせてくれる。何とか1枚と思いつつ時計を見ると113分前。と、中り!が、何やらヒラメらしくない。スーッ、スーッといった中り!何だこれ?と疑いつつ引き込みに合わせると掛かったようだ。巻き上げでも素直に上がってくる。隣の方も、「何?」と、半信半疑。しかし半分巻き上げたところでヒラメらしい引き込みを見せ、後検1.1㌔がタモに獲りこまれた。やっとボーズ脱出!長かった~。この後15分ほど延長されて2㌔オーバーが何枚か取り込まれていた。イワシ団子の中、底を切って上目を探ったり、ベタ底を狙ったりしたのだがタイミングが悪かったのか厳しい釣りになってしまった。 
 真冬に戻ったような今朝の寒さに子猫たちが気にかかる。帰宅し親子猫を覗いたら・・・・子どもたちだけ?戻ろうと踵を返したらお母さん猫がこちらを見ていた。今日になって初めて子猫の傍を離れたらしい。それならばそろそろほかの家に行ってほしいのだが・・・・ねぇ、お母さん猫君。
 今朝の寒さを予想してキュウリの移植を延期していたので、竿や合羽を洗った後ハウスの中にキュウリの苗を植えた。5月には収穫が始まるかな?ハウスの中では巨峰が芽を吹き始めた。しばらくは芽欠きもしなくてはいけない。連休明けには路地のナスやトマトの苗も植えなくては。

明日のメヌケは?

20160411092008BlogPaint 風が冷たくて冬に戻ったような朝、6匹の子猫と母猫は今日も元気。子猫たち、一回り大きくなったような・・・。
 母猫が子猫の傍を離れた姿を見たことがただの一度も無い。ひたすら抱きかかえ、乳を飲ませている。いつまで抱き続けるのだろう?自分の食事はしないのだろうか?排便は?今夜は冷え込みそうだし明日も寒そうだ。子猫が凍え死にしなければ良いのだが…。

 そんなことを心配しているところへ鈴栄丸からの電話。既に強風が吹き始め明日の午前中までは吹き続けそうなので出船取りやめとの連絡だった。「すみませんねぇ。」と船長は言うがこればかりは・・・仕方がない。船長が一番偉いのです。船長の判断に従うしかない。今週の沖は模様が良くない。
 というわけで、今日はゆっくりとキュウリの苗を移植しよう。ハウスの中だが、トンネルの必要があるかもしれない。少なくとも、不織布シートぐらいは掛けてやろう。猫の親子には段ボールの屋根でもかけてあげようか。ノラの世話をしているわけではない。軒の下で死なれるのが嫌なだけ。
 金太郎君、ブラッシングをねだった後は・・・いつもの昼?朝寝中。時々ぴくぴくっと後ろ足が動く。何か夢でも見ているのだろうか?同じ猫なのにねぇ。

あっちもこっちも乗っ込み?

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 6日の新幸丸は大ダイ祭り!お腹ぷっくりで乗っ込み本番か?
 金太郎君は食べても食べてもご飯を催促する。じっとお椀の前で座っている。「ごはん?」と聞くと「にゃ~ぉん。」と答える。たまらずあげてしまうのだが、お腹の皮が垂れ~気味。
 一足早い出産は近所を徘徊する野良猫さん。今年もわが家で出産してしまった。しかも今年は六つ子。わが家は縁の下や出窓の下に侵入されないように、またウッドデッキや二階に上られないようにネットや防鳥網を張り巡らしてある。それなのに出産とは!張り巡らせたネットの余りをタタキの上に投げ出しておいたその上で出産してしまったのだ。
 か細い鳴き声にのぞいてみると・・・なんと生まれたばかりの子猫が3匹も防鳥網に絡まっているではないか。威嚇し、歯をむいている母猫の攻撃を奥と二人でかわし、防鳥網をたくし上げて網から外した。しばらくして覗くとまた絡まっている。歯をむき出しとびかかってくる母猫に「助けてあげてるんでしょ、分からないの?」と諭す奥に長箒で母猫の攻撃を遮らせ、その間に網を切って外し母猫の元に帰した。
 金曜なので保健所に連絡すれば引き取ってくれるだろうが、母に次いで義母までも亡くしたばかりで気が進まない。早くほかへ行ってくれることを願うばかりだ。
 近所で餌を与えている家があるのだが、迷惑なことだ。6匹も生むなんてのはよほど栄養状態がいいのだろう。母猫は大きくて丸々太っている。野良犬はめっきり少なくなったが、野良猫は増えてしまった。天敵はカラスくらい?まいったねぇ。

大往生!残された人は・・・

  昨日、1日の朝、奥の携帯に義母逝去の知らせが入った。102歳だった。
 実家で義母の介護を続けてきた義弟と葬儀の確認をして帰ってきた。私の父方の親類がそろって反対した奥との結婚を認めてくれ、二人の孫をかわいがり、訪ねるたびにご馳走してくれ、其々に十分すぎるほどの奨学資金まで残してくれた義母だった。家族だけで見送ることになったが、郷里の大分からは親類が来る。近くに住む姪たちも参列する。立派な義母で、福岡で中学校、千葉で小学校の教師をしながら子どもたちだけでなく姪たちを育て学校にも行かせた。子どもたちが家を新築したり、うちで家庭菜園にしている土地を購入した時には3分の1を援助してくれた。
 友引が入るせいなのか、季節の変わり目のせいか、身罷る人が多く、火葬は5日の3時に決まった。
 帰りの車中で長男次男と奥がやり取りするのを聞いているうちに腹が立ってきた。仕事があるだろうから無理をして来なくても良いと盛んに言うのだ。結果、長男は出張を6日からにして葬儀に参列するという。次男は勤務をやりくりしたが通夜にだけ来るということになった。奥は遠慮して現職の息子たちに無理をするなというのだろうけれど、今まで世話になり、可愛がってくれたお礼を義母につたえる場は葬儀の場しかないではないか。無理をしてでも来てお別れを言うというのが筋ではないだろうか。人の道ではないだろうか。「お骨になる前に来なくて、何時、今までの礼を言うというんだ。」と息巻いた次第。奥よりも私が先に身罷った時、二人の息子達は葬儀に出席してくれるだろうか?ラジコンだ、その次はライフル射撃だ、冬は狩猟だ、仕事だといって子育てをせず、決して良い父親ではなかったことを十二分に自覚しているだけに、心配である。いや、心配なのは葬式に出てくれないことではない。それ以上に人の心の機微や義を解しない大人になってしまうのではないかと心配なのだ。最早、潔く諦めたほうが良いのかもしれない。
 義母が寝たきりになって以来、夜は介護ベッドの下に布団を敷いて見守ってきた義父のことが心配でならない。
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