早、学校が冬休みに入ったようだ。手をつないで出かけるお隣のお嫁さんと1年生の息子さんに出会った。「もう休みかな?」と聞くとお嫁さん「ええ。」と言って苦笑い!まあ、20日も休みとなると、母親の苦労は予想がつく。だが、夏休みとは違い、冬休みには正月がある。それぞれの家庭のしきたりや家風を伝える良い機会ではないだろうか。以下は、以前知人に求められて書いた拙文である。

 ・・・・・2学期の終業式では、「正月は日本の伝統文化に触れる良い機会である。正月料理をたくさん食べたり初詣に出かけたり、親類の方々と楽しく過ごしたり、たくさん遊んでいらっしゃい。」と子どもたちにお話をした。むろん学校での話であるし校長の訓話であるので、2学期の学習の未達成なところの復習をしなさいとか、通知表はおうちの人と一緒に見なさいとかいった話も忘れない。しかしこれは付け足しである。聞いてその通りにしようなんて子どもは何人いただろうか。
 私は、普段は神仏には縁遠い生活を送りながらも正月だけは例外であり、千葉市で初日の出が一番美しいところに陣取ることにしている。また、一富士二鷹・・・・とかいうほとんど奇跡に近い初夢にも期待をかけ、あいさつ回りや初詣に出かけ、大概は実家で雑煮を食べる。
 また、甥や姪たちは父母だけでなく、祖父母や叔父、叔母にまで恭しく新年のあいさつを述べるのである。しかしその心根はお年玉という極めて俗なるものを目当てとして、年に一度の歯の浮くようなあいさつを述べるのである。守銭奴の様な甥や姪たちである。子どもたちにとって冬休みの2週間は、そんな虚々実々の中で私腹を肥やしつつ各家庭の文化と伝統に染められるまたとない貴重な日々となるのである。
 雑煮の話に戻るが、私の実家ではしょうゆ味の丸もち。だしは鳥。ニンジン、大根、八つ頭が入る。大きめな湾に盛り、鰹の削り節と、青のりのもみのりをかける。妻の作る雑煮は一、二度食べた記憶がある。私は千葉県、妻は九州。味も見た目の好みもかなり異なる。普段はろくに顔を合わせることもないし、猫のこと以外には言葉を交わすことも少ない夫婦のため、問題化はしない。 しかし、正月は比較的一緒にいる時間が長いので、いろいろなことが顕在化してしまう。たとえば下着のたたみ方がその一つである。私はまず縦に二つ折りにする。次に袖を折る。そのようにしてたたむと何枚でもきちんと重なり、まっすぐに立つ。美しい下着の山である。妻は横二つに折りたたむ。ものによっては二つ折りの後丸める。美しくない!が、妻はこれが合理的だとのたまう。いまだに好きになれないでいるのだが、そんなものかと最近は思うようになった。そんな妻だが、煮魚は母のものよりうまい時がたまにある。我が家の味が産まれつつあるのを感じた一瞬だった。
 それぞれの家庭に長年かかって出来上がった味があり、習慣がある。その家の文化ともいえるだろう。その文化の凝縮したものが、正月に表出される。正月だからこそ味わえるわが家の文化がある。正月でないと体験できないことにたっぷりと触れられたらいいだろうと私は思う。異文化理解は家庭からというわけである。