一枚の薄墨のはがきが届いた。今年も残りわずかになり、年末年始の挨拶辞退の知らせが届く時期になった。
 今まではご尊父ご母堂、大先輩の知らせだったのだが今年は友人の知らせが届いた。信じられない思いで電話を入れると、2年前に大腸がんの手術を受けたがリンパ節にまで浸潤していて余命1年半から2年と宣告されていたとのことだった。そんなことは一言も言ってくれなかったので、寝耳に水の話だった。最近は携帯がつながらず、奥と「別荘」に行っているわけでもあるまいになんて冗談を言っていたのだが・・・。残された間に相続税対策も済ませていたという。ご自身相続税で苦労したからだろう。仕事だけでなく趣味にも一途に立ち向かい取り組む人でゴルフも射撃もプロ並の成績を残し、体力維持には人一倍の努力をしていた。私の今の気持ちを表せる言葉が見つからない。
 古くはRCのスタント競技に共に夢中だったころ(彼は日本選手権にも出場した)プロの機体制作者を紹介してもらったり、初のターボ市販車セドリックSGLを販売年内に格安で入手してもらったり、家は離れ業種も異なってはいたのだが休日だけではない付き合いだった。が、私が2歳年下だったこともありいつも甘えてばかりいて、何一つ恩返しできないうちの永久の別れとなってしまった。何時だったか「俺たちはもうあと10年生きられるかどうかわからないんだから・・・」と言ってくれた彼の声が昨日のように蘇える。本音を打ち明けられる人がまた一人、向こう岸に逝ってしまった。寂しい。切ない。
 家庭菜園の向かいの家のご主人も21日の朝、召されて逝ってしまった。上背のある朗らかな人だったが、末期の肺がんだった。いやいや、私が逝く日もそう遠くははないはず。その日までどう生きたらいいのか。

 毎朝仏壇に線香をあげて顔を思い浮かべながら鈴を鳴らすのは私の役目だが、鈴の数が明日からは一つ増えてしまった。