納骨も済み、通夜、告別式に来ていただいた方々のうち、直接伺うことができるお宅への返礼行脚をしている。遠い方には止む無く郵送になるけれども、足を運べるところへは出来る限り足を運びたい。遠方からわざわざ足をお運びいただいた方には郵送では心苦しいのだけれど、お許しをいただきたい。
 母が生きているときは、6時までには起きて下の世話を済ませて朝食を作るのは私の役割だった。が、母が身罷ってからというもの、起床時間は確実に遅くなり、朝食作りはすっかり奥の仕事になった。しかも直近までというもの、朝食や夕食を外食で済ませることも少なくなかった。しかし、ごく最近になってやっと以前のように3食を自宅で作り、食べるようになってきた。「落ち着きましたか?」と尋ねられることが多いけれど、確かに、生前のように自宅で食べるようになってきたのは「落ち着いてきた」証しなのかもしれない。
 時代を遡ればさかのぼるほど、長い年月を生きてきた年寄りの知識や体験談には価値があリ、相対的に年寄りの地位は現代よりもはるかに高かったろう。口伝に頼るしかなかった古代はその極みであったろうと思っていた。
 しかし、である。家族の昔話ひとつとってみても、母が他界した今となってはその真偽やまして細かないきさつは藪の中、土手の向こうになってしまった。父が逝った後、母が私たち兄弟の求心力であっただけでなく、母の口から家族の様々な出来事=家族の歴史が語られていたからこそ大石という家族が存在していたのだと改めて思った。今も有史以前も家族の中で年寄りの地位は変わらない。