新しい年が始まった。が、喪中のわが家、正月料理を用意するでなく、来客があるでなく、真に静かな新年である。1年間の喪中などというものはやんごとなき雲上人の風習だったはずなのだが、何時しかわが家のような下々までが翌年の正月まで喪に服すようになってしまった。藤枝の山奥の代々続く百姓の出自の、それも分家筋のわが家の本来の喪中は2週間が良いところのはず(「の」が8つは多すぎか?)。譲っても納骨の49日まででよさそうなもの。通夜振る舞いも刺身や寿司、から揚げにローストビーフが並ぶのは今やだれの通夜でもお馴染みの風景になった。現職時代は毎月のように足を運んだ通夜で精進料理がふるまわれたことは数えるほどしかない。
 兄弟は松が明けてから集まることになっているが、喪に服す正月は、代替わりして付き合いを先代から当代に切り替えるきっかけになっている。父が逝って5年、去年母が逝き、父母関係の中元・歳暮、暑中見舞いや年賀状のやり取りはなくなった。叔父叔母、従弟との付き合いは続くが、兄弟にシフトしたわが家の新年の集まりだから、魚をふんだんに準備したいと考えている。とは言ってもいつまで船に乗れるかは神のみぞ知る。まずは今年、さあ、釣れるまで通うぞ!
 今日は寺で新年のご祈祷会があるので出席し、その後は奥の実家に行くつもりだ。義父ともうすぐ102歳を迎える義母は求心力そのものである。