20160727120250 半世紀近い昔、学生だった私は精神病院の看護人のアルバイトを半年続けたことがある。何とも魅力的なお替り自由な夕食朝食付きの夜勤だったが、病院に着くと白衣(入院患者には権威の象徴だった)に着替えて鉄製の大きな戸の鍵を開けてもらい2階に上がった。母や祖母は精神病院だなんてと心配していたが、世間で往々にして想像するところとは違っていた。大抵は静かに穏やかに過ごしていた。話しだって健常者と変わらないし、卓球をしたりテレビを観たりして過ごしていた。作業療法なのか時には内職のようなこともして就寝時刻までを過ごしていた。会話や作業に参加できない重度の患者は周りで静かに見ていた。
 私の仕事はというと就寝後の巡回の他には患者たちの話し相手をしたり、トランプや卓球の相手をしたりすることだった。何回かは興奮した患者の傍で待機したこともあったが、医師や看護師の説得で落ち着きを取り戻していた。母が心配するような危険は一度たりとも感じたことはなかった。入院当日、無理やり連れてこられて何もない独房のような部屋に入れられ騒いだり、アル中で居るはずのない虫をつまもうとして独房の床を垂れ流しのまま這いずり回ったりしている姿を見た事もあるが、ほとんどは空室だった。当時はまだきちがい病院という言葉も残っていたがそれが大きな間違いだと知ったものである。
 相模原の事件の詳細が徐々に明らかになってきている。抵抗することすら思いつかないような重度の人たちを次々に刺したとは吐き気すらしてくる。
 
 奥は町会の婦人部長とかで盆踊りの準備にかいがいしく動いている。ほとんど持ち回りの役職らしいが、早朝から電話が鳴ったり、買い出しに行ったりと町会会館に足しげく通っている。退職後は舅姑や実母の介護だけだったせいか、これはこれで結構充実感があるようだ。夜は次の人のためにとメモから記録を起こしている。今夜は最後の盆踊り練習とかで夕飯はまたデパ地下の弁当らしい。明日からは昼夜とも弁当か?金太郎?背中から腰に架けての痛みに悶えている私の傍で爆睡中。相手もしてくれない。